シェイクスピアの悲劇『ジュリアス・シーザー』において、ブルータスが犯した最も重大な過ちは、カエサルの葬儀の場でマーク・アントニーに民衆への演説を許してしまったことです。この判断により、アントニーはローマ市民の感情を巧みに操り、カエサルを暗殺した陰謀者たちを敵に回す絶好の機会を得ることになりました。
アントニーの巧みな世論誘導
アントニーはこの好機を見事に利用し、世論を自らに有利な方向へと導いていきます。卓越した弁舌によって、まず亡きカエサルへの同情を呼び起こし、生前の寛大さや市民への貢献を次々と強調しました。さらに、「野心的な男なら確かに罪深い」と述べながらも、その言葉の裏でブルータスら陰謀者の主張こそが利己的で野心に満ちたものだと暗示する、高度に計算された話術を展開します。
有名な「友よ、ローマ人よ、同胞よ」という冒頭の言葉から始まるこの演説では、反語や皮肉といった修辞技法が駆使され、民衆の忠誠心と感情に直接訴えかけました。その結果、当初はブルータスに同調していた市民たちは、次第に怒りと復讐心へと駆り立てられていくのです。
この過ちがもたらした代償
そもそもブルータス自身が先に演説を行い、暗殺の正当性を理屈で説明した後、アントニーを一人に残して去ったことも誤算でした。冷静な論理では民衆の心を掴めない一方、アントニーは感情に訴える力こそが世論を動かすことを熟知していたのです。
アントニーに演説を許したことで、ブルータスは弁論術と雄弁さが世論形成に持つ圧倒的な力を過小評価し、権力闘争における主導権を対立者に譲り渡す結果となりました。この一つの過ちが、後にブルータスと陰謀者たちに大きな代償をもたらします。扇動された民衆の支持を得たアントニーはオクタウィウスと手を組み、フィリッピの戦いで陰謀者たちを打ち破ったのです。