歴史クイズ

ジョージ・デューイ提督がスペイン艦隊を壊滅させた海はどこ?マニラ湾海戦の全貌を解説

アメリカ海軍のジョージ・デューイ(George Dewey)提督がスペイン艦がスペイン艦隊を壊滅させたのは、フィリピンに位置するマニラ湾です。この海戦は「マニラ湾海戦」と呼ばれ、1898年5月1日に行われました。

マニラ湾海戦とは

マニラ湾海戦は、米西戦争(スペイン・アメリカ戦争)における決定的な海上決戦でした。当時香港に停泊していたデューイ提督率いるアメリカ東洋艦隊は、開戦の報を受けるとただちに出港し、フィリピンのルソン島へ向かいました。

戦闘の経過

1898年5月1日の早朝、デューイ提督の旗艦「オリンピア」を先頭とする艦隊は、コレヒドール島の砲台を突破してマニラ湾内へ侵入しました。そして、パトリシオ・モントホ提督が指揮するスペイン太平洋艦隊に対して攻撃を開始したのです。

このときデューイ提督が発したとされる有名な言葉、「準備ができ次第、撃て(You may fire when you are ready, Gridley)」は、アメリカ海軍史上最も知られた命令の一つとして語り継がれています。

圧倒的な勝利

戦闘は数時間で決着しました。アメリカ側はわずかな損害で済んだ一方、スペイン艦隊は旗艦を含む主要艦艇のほぼすべてを失い、モントホ提督の艦隊は事実上壊滅しました。この勝利により、スペインはフィリピンにおける制海権を完全に喪失することとなりました。

歴史的な意義

マニラ湾での勝利は、米西戦争全体の流れを大きく左右する出来事でした。この戦いによってアメリカはフィリピンへの影響力を確立し、同年12月に調印されたパリ条約では、スペインからフィリピンを割譲される結果につながりました。

また、デューイ提督はこの功績により一躍国民的英雄となり、アメリカ海軍史上初となる「海軍大将(Admiral of the Navy)」の称号を授けられました。

まとめ

ジョージ・デューイ提督がスペイン艦隊を破った海は、フィリピンのマニラ湾です。1898年5月1日のこの海戦は、米西戦争の帰趨を決め、アメリカが太平洋地域における大国へと歩み出す転換点となった歴史的な戦いでした。