歴史上の人物

ウディノ・ニコラ・シャルル(1767年–1847年)― 帝国元帥中最も多くの戦傷を負った武将

ウディノ・ニコラ・シャルル(1767年–1847年)

ウディノ・ニコラ・シャルル(1767年–1847年)― 帝国元帥中最も多くの戦傷を負った武将ウディノ・ニコラ・シャルル(Nicolas Charles Oudinot)は、ナポレオン帝政期のフランス元帥であり、帝国元帥の中で最も多くの戦傷を負った人物として知られています。1767年にロレーヌ地方のバール=ル=デュックに生まれ、1809年に元帥に列せられ、後にレッジョ公爵に叙されました。

第二次イタリア戦役と擲弾兵たち

ウディノは第二次イタリア戦役においてマッセナ麾下で戦い、その名声を確立していきます。その後のドイツ戦役では一時敵の捕虜となるという苦難も経験しましたが、それでも志を失うことなく、自ら率いる精強で名高い擲弾兵部隊を指揮し、数々の武勲を挙げ続けました。

ワグラムからライプツィヒへ ― 32回目の負傷

彼はナポレオン戦争の主要な会戦であるワグラムの戦いやライプツィヒの戦い(諸国民の戦い)にも参加しています。ある激戦の最中、胸元の名誉軍団勲章をかたどった鷲の徽章に銃弾が命中したとき、彼はすでに通算32回目となる負傷を負っていました。この逸話は、彼の勇猛さと不死身ぶりを象徴するものとして語り継がれています。

百日天下における中立

1815年、ナポレオンがエルバ島から帰還した百日天下の間、ウディノはいずれの陣営にも与することなく、あえて中立の立場を貫きました。1847年にパリで生涯を閉じるまで、彼はフランス軍人の模範的存在として尊敬され続けました。