ハリエット・タブマン(Harriet Tubman)は、1820年代にアメリカ・メリーランド州で奴隷として生まれました。出生時の名前は「アラミンタ・ロス(Araminta Ross)」といいます。当時の奴隷制度のもとでは、奴隷主が奴隷に姓を与えることは一般的になく、彼女も正式な姓を持たないまま生まれました。
母にちなんで「ハリエット」へ改名
幼少期の彼女は「ミンティ(Minty)」という愛称で親しまれていました。成長するにつれ、母ハリエット・ロス(Harriet Ross)への敬意を込めて、自分の名前を「ハリエット」に改めるようになります。これは、家族の絆を大切にする彼女の性格をよく表すエピソードです。
「タブマン」という姓は結婚がきっかけ
1844年頃、彼女は自由黒人であるジョン・タブマン(John Tubman)と結婚しました。この際に夫の姓「タブマン」を名乗るようになり、こうして私たちが知る「ハリエット・タブマン」という名前が完成しました。
自由を求めて逃亡し、「地下鉄道」の案引人へ
1849年、ハリエットは自ら奴隷状態からの脱出を果たします。その後、「地下鉄道(Underground Railroad)」と呼ばれる秘密の脱出支援ネットワークにおいて「案引人(コンダクター)」として活躍し、自らの命を危険にさらしながら約70人もの人々を自由へと導きました。彼女の名前は、勇気と自由を求める闘いの象徴として、今日まで語り継がれています。