17世紀――激動の時代を彩る重要な出来事
17世紀は、ヨーロッパを中心に宗教対立の余波や絶対王政の揺らぎ、そして新大陸への植民活動が本格化した、まさに「激動の時代」でした。ここでは、世界の歴史を大きく変えた主要な出来事を年代順に紹介します。
1605年:火薬陰謀事件
ガイ・フォークスらイングランドのカトリック教徒グループが、ロンドンの議事堂を爆破して国王ジェームズ1世を暗殺しようと企てました。しかし計画は発覚し、フォークスは処刑されました。
1618〜1648年:三十年戦争
中央ヨーロッパを主戦場として、当時のヨーロッパ列強のほとんどが巻き込まれた一連の戦争です。宗教対立に加え、王朝間の争い、政治的・領土的な利害が複雑に絡み合って勃発しました。ヨーロッパ史上最も破壊的な紛争の一つとされています。
1620年:メイフラワー号の航海とプリマス植民地の建設
イングランドのピューリタン(清教徒)たちはメイフラワー号に乗って北米へ渡り、現在のマサチューセッツ州にあたる土地にプリマス植民地を築きました。北米におけるイギリス系入植を象徴する出来事です。
1642〜1651年:イングランド内戦(清教徒革命)
イングランドの統治体制をめぐり、議会派(ラウンドヘッズ)と王党派(キャバリアーズ)の間で武力衝突や政治的な駆け引きが繰り広げられました。最終的にオリバー・クロムウェル率いる議会派が勝利し、国王チャールズ1世は処刑されました。
1665〜1666年:ロンドン大疫病
ロンドンを襲ったペスト(腺ペスト)の大流行です。推定10万人もの命が奪われる甚大な被害をもたらしました。
1666年:ロンドン大火
中世以来のロンドン市街の大部分を焼き尽くした大火災で、セントポール大聖堂も灰燼に帰しました。この災害を機に、ロンドンでは大規模な都市再開発が進められることになりました。
1688年:名誉革命
イングランド国王ジェームズ2世が貴族や政治家たちの連合によって退位に追い込まれ、王女メアリーとその夫であるオレンジ公ウィリアムが新たな統治者として迎えられました。この歴史的転換により、イングランドには立憲君主制と議会政治の基礎が確立されました。
1690年:ボイン川の戦い
王位を追われたジェームズ2世は、娘メアリーとウィリアムからの王位回復を試みましたが、アイルランドで行われたボイン川の戦いにおいて、ウィリアム率いる軍隊に敗れました。
1692〜1693年:セイラム魔女裁判
北米マサチューセッツのセイラムで、魔術や妖術を使ったとして告発された人々に対する一連の裁判が行われました。その結果、大多数が女性である19人が絞首刑に処されるという悲劇となりました。
まとめ
17世紀は、戦争・革命・疫病といった試練を通じて、国家や政治のあるべき姿が問われた時代でした。これらの出来事は、後の啓蒙時代や市民革命へとつながる重要な足がかりとなりました。