歴史クイズ

ケネディ政権時代の歴史演習問題(解答付き)

ケネディ政権時代の歴史演習問題

若きアメリカ民主党大統領ジョン・F・ケネディの政権は、アメリカ国内のみならず世界規模でも、メディア的・政治的に大きな影響を持つ数多くの出来事に彩られていました。以下の演習問題に取り組み、冷戦期アメリカ史への理解を深めましょう。

問題1

ケネディ政権は、米国内外でメディア的にも政治的にも大きな規模を持つ数多くの出来事によって特徴づけられました。この中で、ケネディ政権時代の出来事として挙げることができないものは次のどれでしょうか。

a) キューバのピッグス湾事件
b) ベトナム戦争
c) 朝鮮戦争
d) キューバミサイル危機
e) ラテンアメリカにおける「進歩のための同盟」の創設

問題2

1959年のキューバ革命後、他のラテンアメリカ諸国もカリブ海の島国と同じ道をたどり、アメリカに敵対的な政府を樹立するのではないかという懸念が米国側に生まれました。この文脈において、ジョン・F・ケネディ大統領が策定した経済援助プログラムとして知られるものは次のどれでしょうか。

a) マーシャル・プラン
b) ワルシャワ条約機構
c) 進歩のための同盟
d) ワシントン・コンセンサス
e) 米州機構(OAS)

問題3

(ウフェス大学)1961年8月、「プンタ・デル・エステ経済社会会議」において、ジョン・ケネディ大統領はラテンアメリカ諸国に対して「進歩のための同盟」計画を提示しました。この計画は、人民の自己決定による民主主義制度の改善と強化、ラテンアメリカ諸国の経済的・社会的発展の加速、識字運動による無学識の撲滅、そして労働者への公正な報酬と適切な労働条件の保障などを目指すものでした。第二次世界大戦後の国際関係、すなわち冷戦の文脈の中で「進歩のための同盟」を位置づけると、その創設は米国政府のどのような意図によるものであったことが分かります。

a) 日本製消費財の大量輸入や、1950年代に「ワルシャワ条約機構」加盟国から借り入れた融資の高金利によって生じたラテンアメリカ資本の急激な流出を阻止すること。
b) ラテンアメリカにおける革命運動の進展を食い止め、キューバ革命により悪化した冷戦の情勢の中で、米国が西半球で行使してきた指導力を再確認すること。
c) アンゴラとモザンビークにおける社会主義革命により米国のアフリカでの地位が脆弱になったため、「アフロ・アジア非植民地化グローバル計画」で予定されていた投資の一部をラテンアメリカへ振り向けること。
d) 社会主義志向のドイツ連邦共和国が、JK政権下のブラジルで行われたように、第三世界への核技術移転を目的とした協定に調印することを防ぐこと。
e) 米軍がホンジュラスとエクアドルに侵攻した際に断絶した米国とラテンアメリカ諸国との外交関係を回復させ、米州機構(OAS)を強化すること。

問題4

下の写真をご覧ください。

ケネディ政権時代の歴史演習問題(解答付き)

ジョン・F・ケネディと妻ジャクリーン・ケネディのこの写真は、テキサス州ダラス市で大統領車列が通過する経路上の建物にいた狙撃者によって暗殺される直前に撮影されたものです。数多くの謎が残る事件ですが、彼の死因は次のどれに起因すると考えられるでしょうか。

a) 人種差別的な政治姿勢
b) ソ連との関係改善の推進
c) ラテンアメリカ諸国からの距離を置く政策
d) キューバ革命後のピッグス湾侵攻作戦
e) 特に米国の黒人人口を対象とした市民権拡大の推進

解答と解説

問題1の解答

正解:C。朝鮮戦争はケネディ政権時代ではなく、ハリー・トルーマンおよびドワイト・アイゼンハワー両大統領の任期中(1950年〜1953年)に行われた戦争です。

問題2の解答

正解:C。「進歩のための同盟」は、米国企業によるラテンアメリカ諸国への投資を通じて現地に産業を設置し、労働力を活用することを目指すとともに、キューバとソ連を他のラテンアメリカ諸国から孤立させるという戦略的意図も持っていました。

問題3の解答

正解:B。米国は経済的・社会的投資を行うことでキューバの影響力を弱めようとすると同時に、左翼革命勢力を抑圧するため、米軍とラテンアメリカ各国軍との連携を強化しました。これは冷戦の激化という文脈における典型的な封じ込め政策でした。

問題4の解答

正解:E。ケネディ政権をめぐる論争は、対外的な場面でも国内的な場面でも数多く存在しました。特に国内政策において、ケネディは社会権を拡大し人種統合を促進する法律の制定に力を注ぎましたが、これがアメリカ社会の保守的な層からの強い反発を招く結果となりました。