ノルマン人の侵略とは
中世ヨーロッパにおいて、9世紀から11世紀にかけて北欧から押し寄せたノルマン人(ヴァイキング)の襲撃は、西フランク王国にとって深刻な脅威でした。本記事では、ノルマン人の侵略に関する基本的な知識を確認できる選択式の練習問題を4問用意し、それぞれに詳しい解説を付しています。歴史の復習や試験対策にぜひご活用ください。
練習問題
問題1
9世紀を通じて、フランク王国は北の海岸から侵入してくるノルマン人に絶えず攻撃を受けていました。フランク人の記録では、彼らを攻撃した民族は「ノルトマンニ(nortmanni)」と呼ばれ、この語はポルトガル語では「ノルマン人」と訳されます。ここでいう「ノルマン人」とは、次のうちどの民族を指すでしょうか?
- a) ケルト人
- b) スラヴ人
- c) ヴァイキング
- d) ヴァンダル族
- e) ガリア人
問題2
ノルマン人はヨーロッパの各地へ遠征を行いましたが、中でもフランク王国での活動は、フランク人自身による記録が残されているためよく知られています。一般に、ノルマン人がフランク王国を攻撃した目的は何だったと考えられるでしょうか?
- a) 食料を奪うこと――スカンジナビアの農業生産がきわめて脆弱だったため
- b) 略奪を行い、富を手に入れること
- c) 剣を手に入れること――フランク人は武器の大きな供給者だったため
- d) 家畜を盗み、スカンジナビアで使役動物として利用すること
- e) 教会の破壊を推進すること
問題3
ノルマン人の攻撃は、奇襲という要素によって高い成功率を誇りました。彼らは船の速力を活かして攻撃目標へ静かに接近し、さらに攻撃の知らせが広まって討伐部隊が派遣される前に、可能な限り素早く略奪を終えるようにしていました。そんなノルマン人が最も好んだ攻撃対象はどこでしょうか?
- a) カトリックの修道院
- b) 農場
- c) 農民の村
- d) 大規模な城塞
- e) 商人の交易所
問題4
歴史家たちの研究によれば、10世紀初頭、あるノルマン人が北フランス(後のノルマンディー地方)に公爵として定住することになりました。これは893年から922年までフランク人を支配した国王、単純王シャルルの治世中のできごとです。このノルマンディーの地に爵位を与えられたノルマン人とは誰でしょうか?
- a) ラグナル・ロズブローク
- b) 赤毛のエイリーク
- c) スノリ・ストゥールソン
- d) ハラルド・ハラルドソン
- e) ロロ
解答と解説
問題1の解答:C(ヴァイキング)
「ノルマン人」という呼称は、私たちがヴァイキング、あるいは単に北欧人と呼ぶ人々を、フランク人がどう呼んでいたかに由来します。ここで注意したいのは、ヴァイキング(viking)という語が、793年から1066年にかけて活動した北欧の人々、いわゆる「ヴァイキング時代」の人々を特に指すという点です。「ノルマン人」は「北の人々」を意味する「nortmanni」という言葉に基づいた呼び名なのです。
問題2の解答:B(略奪を行い、富を手に入れること)
ノルマン人がフランク王国やヨーロッパ各地で行った遠征の狙いは、できるだけ短時間で最大限の富を手に入れることにありました。そのため、侵略の主要な目的は貴金属など価値の高い品々の獲得でした。もちろん、金銭的な価値を持つものであれば貴金属に限らず、あらゆる物品が略奪の対象となり得ました。
問題3の解答:A(カトリックの修道院)
ノルマン人の遠征における最重要標的は、カトリックの修道院でした。修道院が好まれた理由は、人里離れた場所に立地し防備が手薄である一方、金や銀で作られた品々が数多く納められるなど、豊かな財宝を有していたからです。他の施設も攻撃対象となりましたが、修道院はノルマン人にとって格別の狙い目でした。
問題4の解答:E(ロロ)
歴史家たちの知るところによれば、フランク王シャルル3世(単純王)からノルマンディーに公爵として定住することを認められたのは、ロロでした。これは911年のことであり、ノルマン人からの度重なる攻撃を終わらせるべく、フランク王が打ち出した和解策だったのです。こうして成立したノルマンディー公国は、後にイングランド征服を成し遂げるノルマン王朝の足掛かりともなりました。