歴史クイズ

フランス革命の国民公会期を学ぶ:選択式演習問題4問と解説付き解答

はじめに

1789年に始まったフランス革命、とりわけ激動の「国民公会」期(1792〜1795年)についての理解を確認するための選択式演習問題を4問用意しました。ジャコバン派の恐怖政治、立憲君主制の確立、イギリス首相ウィリアム・ピットとの対立など、試験で頻出のポイントを網羅しています。まずは自分の力で解き、ページ下部の解答と詳しい解説で答え合わせをしてください。

問題1

1789年に始まったフランス革命の初期段階に続いて開かれた「国民公会」の主な特徴のひとつとして正しいものを選びなさい。

a) 政治的・社会的緊張の緩和
b) ジロンド派による政治過程の完全な支配
c) 貴族と聖職者がブルジョアジーに対抗して結んだ政治的連携
d) ジャコバン派による革命の急進化
e) 山岳派が主導する中央集権政府の形成

問題2

(Cesgranrio)フランス革命は、18世紀後半のヨーロッパ社会で進んだ一連の大きな歴史的変革のひとつです。1789年から1799年にかけての革命の各段階には、革命に関わった諸勢力の社会的対立や、それぞれ異なる政治構想が色濃く表れていました。以下のうち、ある勢力の動きを革命の特定の段階と正しく結びつけている選択肢を選びなさい。

a) 王党派(拒絶宣誓派)の聖職者たちが革命勢力へ武力で反撃した結果、1790年の「聖職者民事基本法」が制定され、補償金の支払いと、革命初期に没収された財産の返還が保障された。
b) 王党派が敷いた恐怖政治の長期化により、「サンキュロット」に率いられた革命勢力は1799年のブリュメール18日のクーデターで敗北し、ナポレオン・ボナパルトが公安委員会の指導者の座についた。
c) 自由主義ブルジョアジーは、1791年に国民議会(憲法制定議会)がフランス初の憲法を公布したことで自らの国家像を確立した。この憲法は、納税額による制限選挙と行政・立法・司法の三権分立を基礎とする立憲君主制を定めていた。
d) パリや地方の貴族から構成されていた急進派ジャコバンは、1794年から1795年にかけてのテルミドール派国民公会で政権に復帰し、最高価格法や「人間と市民の権利の宣言」といった革命の成果の多くを無効化した。
e) ジロンド党に代表される農民たちは強大な派閥を形成し、その民衆の支持を背景に、1793年から1794年にかけての山岳派国民公会期に革命を政治的に主導し、封建的特権とフランス植民地における奴隷制を廃止した。

問題3

次の詩を読み、あてはまる選択肢を選びなさい。

聖なる断頭台よ、愛国者の守り手、我らのため祈りたまえ。
聖なる断頭台よ、貴族どもの恐ろしき存在、我らを守りたまえ。
愛らしい機械よ、我らを憐れみたまえ。
称賛すべき機械よ、我らを憐れみたまえ。
聖なる断頭台よ、我らを敵より救い出したまえ。

おお、天上的なる断頭台よ、
汝は女王や王の命を短く切る。
汝の神々しい力によって、我らは権利を取り戻した。(繰り返し)
祖国の法を守り、その見事な道具が
不敬虔な宗派を滅ぼすために
永遠にあり続けんことを。
ピットとその手先のために刃を研ぎ澄ませ、
暴君たちの首で荷を満たせ!

(ARASSE, Daniel『断頭台とテロルの想像力』サンパウロ:Ática, 1989年、106〜107頁)

この詩が描いているのは、フランス革命期にジャコバン派が展開した「恐怖政治」の時代です。「ピットとその手先のために刃を研げ」という一節が向けられている歴史上の人物は誰でしょう。

a) フランソワ・ピット——国王ルイ16世のもとから逃亡し、裏切り者とされたジャコバン派の人物
b) ウィリアム・ピット——イギリスの首相
c) サン=ジュスト・ピット——反革命側に立った貴族出身の士官
d) シャルロット・コルデー——マラーを暗殺し、「ピット」の異名で知られた人物
e) マリア・ルイーゼ・フォン・ハプスブルク——「ピット伯爵夫人」としても知られる人物

問題4

(Cesgranrio)フランス革命における「国民公会の時代」(1792〜1795年)に特徴的な急進化は、次のうち何によって特徴づけられていますか。

a) 「人間の権利の普遍的宣言」の公布
b) ルイ16世による「聖職者民事基本法」の承認
c) 民主的な政治・社会体制である総裁政府の樹立
d) 革命裁判所の創設と領主権の廃止
e) フランスとイギリスの講和に端を発するヨーロッパの平定

解答と解説

問題1:正解はD

国民公会期を主導したのはジャコバン派であり、彼らは断頭台による処刑が相次ぐという形で政治テロルを実行に移しました。この革命の急進化の犠牲者には、フランス国王ルイ16世や王妃マリー・アントワネットも含まれます。

問題2:正解はC

国民公会期に先行する革命の制度化の形こそ、1791年に始まった立憲君主制です。この体制は、貴族層の利益と大ブルジョアジーの利害を調和させようとする性格も併せ持っていました。

問題3:正解はB

ウィリアム・ピットは、フランス革命の全期間、さらにはナポレオン時代の一部にわたってイギリスの首相を務めた人物です。当初は革命に好意的でしたが、1794年に革命的テロが始まると、次第に革命に敵対する姿勢を鮮明にしていきました。ピットは当時のフランス植民地に対して幾度も軍事攻勢を仕掛け、そのことがジャコバン派の強い憎悪を買うことになったのです。

問題4:正解はD

国民公会期を彩ったジャコバン派のテロルは、政敵の運命を裁き、断頭台へ送る革命裁判所を設置しました。同時にこの時期は革命の政治過程がさらに急進化し、封建制の経済封建制の経済慣行に由来する領主権など、フランス貴族の特権が切り崩されていきました。