1920年代、繁栄の陰で取り残された農業
1920年代のアメリカ経済において、最も弱い立場に置かれていたのは農業でした。都市部では自動車や電化製品をはじめとする消費財産業が急成長し、「狂騒の20年代」と呼ばれる好景気を謳歌していました。しかし、その一方で農業部門は景気浮上の波から完全に取り残され、深刻な不況に見舞われていたのです。
農産物価格の下落という構造的問題
第一次世界大戦中、ヨーロッパ諸国からの食料需要の急増により、アメリカの農家は増産に踏み切り、高価格で大きな利益を享受していました。ところが戦争が終結すると、ヨーロッパの農業生産が回復し、海外からの輸入競争が激化。その結果、農産物の供給過剰が起こり、小麦や綿花などの価格は戦時中の水準から大幅に下落しました。
農家を苦しめた三つの要因
1920年代の農業危機をもたらした主な要因は以下の通りです。
- 海外との競争激化:戦後、ヨーロッパ諸国の農業が復興し、世界市場での競争が一気に厳しくなりました。
- 慢性的な過剰生産:トラクターなど農業機械の導入による生産性向上が、かえって供給過剰と価格下落を招きました。
- 政府支援の不足:価格安定を目指すマクナリー・ホーゲン法案などの救済策は議会で否決され続け、農民を守る実効的な政策は存在しませんでした。
土地を失い、負債を抱える農家たち
収入の減少にもかかわらず、戦時中に借り入れた資金の返済義務は残ったままでした。多くの農家は借金に苦しみ、最終的に土地を差し押さえられて農場を失うケースが相次ぎました。こうした窮状から、地方銀行の破綻も各地で発生し、農村経済全体が疲弊していきました。
世界恐慌への伏線となった農業危機
1920年代を通じて続いたこの農業不況は、単なる一部門の問題にとどまりませんでした。購買力を失った農村人口の増加は国内市場全体の弱体化につながり、1929年の株価大暴落に端を発する世界恐慌へと発展する重要な要因の一つとなりました。「繁栄の時代」と呼ばれた1920年代ですが、その光と影を象徴するのが、この農業部門の凋落だったのです。