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イラン・イラク戦争とは?8年間に及ぶ激戦の全容を3つの段階で解説

イラン・イラク戦争は、1980年9月から1988年8月まで約8年間続いた中東近代史上でも有数の大規模な紛争です。ここでは、戦争の経過を大きく3つの段階に分けて解説します。

序盤:1980年9月~1982年6月

1980年9月、イラクはイランに対して奇襲攻撃を仕掛け、開戦しました。当時のイラク軍は、石油資源が豊富なイラン南西部のフーゼスターン州の大部分を占領することに成功します。

これに対してイランは、いわゆる「人海戦術」と呼ばれる大規模な歩兵突撃で反撃に転じましたが、失われた領土の奪還には至りませんでした。戦線は膠着状態に陥り、両軍とも甚大な人的損害を被る凄惨な消耗戦へと発展していきました。

中盤:1982年6月~1988年7月

1982年に入ると、形勢は徐々に変化します。イランは一連の大規模攻勢を展開し、イラクに奪われていた領土の大部分を取り戻すことに成功しました。

しかし、劣勢に立たされたイラクは、マスタードガスや青酸ガスといった化学兵器を使用し、イラン軍のみならず民間人の居住地域に対しても攻撃を行いました。国際社会はイラクによる化学兵器使用を強く非難しましたが、戦争そのものを止めるための具体的な措置は講じられませんでした。

終盤:1988年7月~1988年8月

戦争末期になると、今度はイラクが大規模な攻勢を仕掛け、メヘランやデズフール周辺などイラン西部の都市部を脅かすまでになりました。これに対しイランは、イラクの石油タンカーやその他の経済目標への攻撃によって報復し、両国の疲弊は極限に達しました。

最終的に、どちらの側も決定的な勝利を収めることができないまま、1988年8月20日に停戦が成立し、8年間に及んだ戦争はようやく幕を下ろしました。

戦争が残したもの

イラン・イラク戦争は、100万人を超える犠牲者を出した、極めて血なまぐさく破壊的な紛争でした。戦場で命を落とした兵士たちだけでなく、一般市民にも深刻な被害が及んでいます。

さらに、この戦争は両国の経済とインフラに壊滅的な打撃を与え、地域全体の緊張を一気に高める結果となりました。巨額の対外債務を抱え込んだイラクがその後クウェート侵攻に踏み切るなど、後の中東情勢にも大きな影響を及ぼしたのです。