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1918年以降、イギリスはどのような戦争・紛争に参加してきたのか?【一覧で解説】

イングランドはイギリス(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)を構成する一国です。ここでは、イングランドを含むイギリスが1918年以降に関与してきた主な戦争や紛争を、時系列に沿ってわかりやすく解説します。

1918年以降のイギリスの戦争・紛争一覧

第一次世界大戦(1914〜1918年)の終結以降も、イギリスは世界中のさまざまな紛争に軍事介入してきました。主なものは以下の通りです。

第二次世界大戦(1939〜1945年)

ナチス・ドイツのポーランド侵攻を受け、イギリスはフランスとともにドイツに宣戦布告。ヨーロッパ戦線のみならず、北アフリカやアジア太平洋地域でも戦い、連合国の勝利に大きく貢献しました。

マラヤ緊急事態(1948〜1960年)

マラヤ(現在のマレーシア)において、共産主義ゲリラとイギリス連邦軍との間で行われた反乱鎮圧作戦。「緊急事態」と呼ばれましたが、実質的には植民地独立運動をめぐる武力衝突でした。

朝鮮戦争(1950〜1953年)

朝鮮半島で南北に分断された勢力が衝突した戦争。イギリスは国連軍の一員として派兵し、アメリカやカナダなどと共闘しました。

スエズ危機(1956年)

エジプトのナセル大統領によるスエズ運河国有化に対し、イギリス、フランス、イスラエルが軍事介入した事件。国際的な非難を浴び、イギリスの国際的地位低下を象徴する出来事となりました。

ボルネオ対立(1962〜1966年)

インドネシアがマレーシア連邦の結成に反対し、ボルネオ島周辺で起こした武力対決。イギリスはマレーシア側を支援して派兵しました。

アデン緊急事態(1963〜1967年)

南アラビア(現在のイエメンの一部)のアデン植民地で、民族主義勢力の武装闘争が激化した紛争。これを機にイギリスは中東からの撤退を進めることとなりました。

北アイルランド紛争(1968〜1998年)

「トラブルズ(The Troubles)」とも呼ばれる北アイルランドの宗教・政治対立。ユニオニスト(親英派)とナショナリスト(共和派)の衝突にイギリス軍が介入し、1998年のベルファスト合意まで約30年間続きました。

フォークランド紛争(1982年)

南大西洋のフォークランド諸島(マルビナス諸島)をめぐり、領有権を主張するアルゼンチンが侵攻。サッチャー政権下のイギリスは遠征部隊を派遣し、諸島を奪還しました。

湾岸戦争(1990〜1991年)

イラクのクウェート侵攻に対し、多国籍軍が結成され、イギリスも主要な参战国として航空作戦や地上戦に参加しました。

ボスニア紛争(1992〜1995年)

ユーゴスラビア解体に伴うボスニア・ヘルツェゴビナでの内戦。イギリスは国連平和維持活動(PKO)として部隊を派遣し、後にNATO軍としても活動しました。

コソボ紛争(1998〜1999年)

コソボの独立をめぐるセルビア(ユーゴスラビア)との紛争に対し、イギリスはNATO空爆作戦に参加しました。

アフガニスタン紛争(2001〜2021年)

アメリカ同時多発テロ後、アルカイーダ掃討のため開始された「不朽の自由作戦」およびISAF(国際治安支援部隊)にイギリスも長期にわたり派兵しました。

イラク戦争(2003〜2011年)

アメリカ主導の有志連合によるイラク攻撃に、イギリスはブレア政権下で参戦。フセイン政権の崩壊後も占領統治や治安維持活動に従事しました。

シリア内戦への介入(2011年〜)

シリア内戦では、当初は反体制派への支援を行い、その後は過激派組織「イスラム国(ISIL)」対策として空爆や特殊作戦に参加しています。

まとめ

1918年以降のイギリスは、帝国の衰退と脱植民地化の時代を経て、冷戦期の対立、そして現代の国際テロ対策へと、時代ごとに異なる性格の戦争・紛争に関与してきました。これらの歴史は、今日のイギリス外交・安全保障政策を理解するうえで重要な背景となっています。