エドマンズ・タッカー法(Edmunds–Tucker Act)は、「エドマンズ・タッカー反一夫多妻法」あるいは「エドマンズ・タッカー・オムニバス法案」とも呼ばれる法律で、1887年3月3日にベンジャミン・ハリソン大統領の署名により成立し、50日後の同年4月23日に発効しました。この法律の名称は、主要な提案者であるバーモント州選出のジョージ・F・エドマンズ(George F. Edmunds)上院議員と、バージニア州選出のジョン・ランドルフ・タッカー(John Randolph Tucker)下院議員の2人にちなんだものです。
エドマンズ・タッカー法は、19世紀に連邦政府が制定した一夫多妻制関連法制の中でも最も重要なものの一つであり、モルモン教会(末日聖徒イエス・キリスト教会)が実践していた一夫多妻制やその他の「不道徳な慣行」を抑圧しようとするアメリカ政府の取り組みにおいて、決定的な役割を果たしました。
エドマンズ・タッカー法がもたらした主な変更点
この法律は、連邦政府による一夫多妻制への対応に、以下のような重要な変更をもたらしました。
1. 一夫多妻の定義の拡大
この法律は、一夫多妻の定義を拡張し、正式な結婚手続きを行ったかどうかにかかわらず、一夫多妻の関係における「同居」自体を違法としました。これにより、公式な婚姻儀式に参加していなくても、一夫多妻の関係で共に生活している人々を起訴することが可能になりました。
2. 財産の没収
同法は、一夫多妻制やその他の不道徳な慣行を実践した個人の財産を差し押さえ、没収することを規定しました。これは重大な経済的制裁となり、こうした慣行への関与を思いとどまらせる強力な抑止力となりました。
3. 選挙権および公職就任資格の剥奪
エドマンズ・タッカー法は、一夫多妻罪で有罪判決を受けた者の選挙権を剥奪するとともに、連邦・州・地方を問わず公職に就くことを禁止しました。これは一夫多妻を実践する人々を社会から周縁化し、その社会的影響力を弱めることを目的とした措置でした。
4. モルモン教会の解散条項
さらに同法には、モルモン教会が反一夫多妻の規定に従わない場合、事実上教会を解散させるという条項も含まれていました。ただしこの条項は、1890年の「末日聖徒イエス・キリスト教会法人対アメリカ合衆国事件(Late Corp. of the Church of Jesus Christ of Latter-day Saints v. United States)」において、合衆国最高裁判所によって違憲と判断されました。
法律の施行と歴史的影響
エドマンズ・タッカー法は成立当初から物議を醸し、モルモン教コミュニティから大きな反発を受けました。しかし連邦政府はこの法律を厳格に執行し、多くのモルモン教指導者や信者が起訴されることになりました。こうした厳しい取り締まりは、19世紀末にモルモン教会が一夫多妻制を放棄するに至った要因の一つとなりました。