ビクトリア朝期のイギリスにおける学校の種類
ビクトリア朝時代(1837年〜1901年)のイギリスには、貧しい子どもたちのための慈善学校から、上流階級の子弟が通う名門パブリックスクールまで、実に多彩な学校が存在していました。当時の社会階級や経済状況によって、子どもたちが受けられる教育は大きく異なっていたのです。ここでは、ビクトリア朝期を代表する7つの学校の種類をご紹介します。
1. 国民学校(National Schools)
国民学校は、宗教教育振興国民協会によって設立された学校です。自発的な寄付と政府からの補助金によって運営され、労働者階級の子どもたちに基礎教育を提供していました。聖書の学習など宗教教育を重視しているのが大きな特徴です。
2. ブリティッシュ・スクール(British Schools)
ブリティッシュ・スクールは、英国外国学校協会によって設立されました。国民学校とは異なり、特定の宗派に偏らない宗教教育を行っていた点が特徴です。運営資金は国民学校と同様に、寄付と政府補助金に依存していました。
3. ラグド・スクール(Ragged Schools)
ラグド・スクールは、ビクトリア朝の都市部にあるスラム街に住む困窮した子どもたちに教育の機会を与えるために設立された学校です。読み書きや算数といった基礎的な学力に加えて、道徳や宗教に関する指導も行われていました。無料または低額で教育を受けられたことから、最貧層の子どもたちにとって貴重な学びの場となりました。
4. 救貧院学校(Workhouse Schools)
救貧院学校は、貧民や生活困窮者を収容する救貧院の敷地内に設けられた学校です。救貧院で暮らす子どもたちに基礎教育を提供していましたが、環境は非常に過酷で、受けられる教育の内容も限定的でした。
5. デーム・スクール(Dame Schools)
デーム・スクールは、女性が自宅で開いていた小規模で非公式な学校です。幼い子どもたちを対象とし、主に読み書きと算数の基礎を教えていました。質にはばらつきがありましたが、就学前の子どもや幼い子どもにとって身近な初等教育の場として広く親しまれていました。
6. パブリックスクール(Public Schools)
パブリックスクールは、上流階級の子弟を対象としたエリート校で、高額な授業料が必要でした。イートン校やハロー校などが代表例として知られます。カリキュラムでは古典(ラテン語・ギリシャ語)、数学、そして体育やスポーツを重視し、優れた学問水準と厳格な規律で高い評価を受けていました。イギリスの政治家や官僚を多数輩出したことでも有名です。
7. 私立学校(Private Schools)
私立学校は、授業料を徴収し、政府の規制を受けない独立系の学校です。中産階級向けのものから富裕層向けのものまで、さまざまな社会経済層に対応した多様な教育プログラムを提供していました。
まとめ
ビクトリア朝期のイギリスの学校制度は、階級社会の反映として多様な形態を持っていました。1870年の初等教育法(フォースター法)以降、義務教育の整備が進み、これらの学校の役割も次第に変化していきました。当時の学校制度を理解することは、現代のイギリス教育のルーツを知る上でも重要な手がかりとなります。