歴史クイズ

ベンジャミン・フランクリンは1783年〜1790年に何をしていた?晩年の偉業を徹底解説

1783年から1790年までの7年間は、ベンジャミン・フランクリンにとってアメリカ建国史における最も重要な時期の一つでした。独立戦争の終結から憲法の誕生、そして人生の最期まで、彼は常に歴史の中心にいました。この記事では、フランクリンがこの期間に行った主な活動を詳しく見ていきます。

パリ条約の交渉(1783年)

1783年、フランクリンはジョン・ジェイやジョン・アダムズとともにイギリスとの和平交渉を主導し、アメリカ独立戦争を正式に終結させた「パリ条約」の締結に大きく貢献しました。この条約により、アメリカ合衆国の独立と広大な領土が国際的に承認され、新しい国家としての第一歩が確固たるものとなりました。

駐仏アメリカ公使としての外交活動

1785年に帰国するまで、フランクリンはパリでアメリカ合衆国の公使として滞在し続けました。彼はフランス王室や宮廷との信頼関係を維持しながら、新興国家アメリカへの支援を確保し続けました。その知性・ユーモアそして人望は、ヨーロッパにおけるアメリカの国際的地位を高める大きな力となりました。

帰国後:ペンシルベニア州の指導者として

1785年にフィラデルフィアへ凱旋帰国したフランクリンは、1788年までペンシルベニア州最高執行評議会の議長(現在の州知事に相当する職)を務めました。高齢でありながら精力的に州政を指揮し、安定した統治の基盤を築きました。

合衆国憲法制定会議への参加(1787年)

1787年、当時81歳だったフランクリンは、フィラデルフィアで開催された憲法制定会議に最年長の代議員として出席しました。彼は対立する派閥間の調整役として重要な存在であり、妥協と団結を呼びかける発言は会議の円滑な進行に寄与しました。こうして誕生した合衆国憲法に、彼は署名しています。

奴隷制廃止運動への貢献

晩年のフランクリンは、ペンシルベニア奴隷制廃止協会の会長を務め、奴隷制廃止のために尽力しました。1790年2月、議会へ奴隷制廃止を求める請願書に署名したことが、彼にとって最後の公的な行動となりました。

最期の日々

1790年4月17日、ベンジャミン・フランクリンは84歳でこの世を去りました。なお、彼が初代アメリカ合衆国郵政長官を務めたのはそれより前の1775年〜1776年であり、この時期に郵便制度の再編と効率的な郵政ネットワークの構築を実現しています。

科学者、発明家、外交官、政治家——多岐にわたる分野で類まれな功績を残したフランクリンは、「アメリカ建国の父」の一人として、今日でも世界中の人々に敬愛されています。