歴史物語

「涙の道」で亡くなった男性・女性・子供は何人?犠牲者の実態に迫る

「涙の道」とは何だったのか

「涙の道(Trail of Tears)」とは、1830年代にアメリカ合衆国政府が発令した強制移住政策により、アメリカ南東部に暮らしていた先住民部族が、祖先伝来の土地からミシシッピ川以西の土地へと追い立てられた一連の歴史的出来事を指します。この政策の背景には1830年に成立した「インディアン移住法」があり、その結果、数千人規模の先住民が命を落とすという悲劇が起こりました。

チェロキー族の移住と大量死

西方へ向かったチェロキー族の一行では、飢餓、感染症、そして過酷な自然環境への曝露により、道中で数千人が亡くなりました。「文明化五部族」と呼ばれる部族の強制移住が完了した時点での米国政府の公式集計では、死者数は4,000人とされています。しかし、多くの歴史家は、実際の犠牲者数は15,000人近くに上った可能性があると推定しています。これは、故郷から無理やり引き離された約60,000人の先住民のうち、実に4分の1近くがこの移住の途中で命を失ったことを意味します。

犠牲者の統計データ

アメリカ国立公園局(National Park Service)の資料によれば、「涙の道」における死亡者数は4,000人から15,000人と推定されており、犠牲者の大多数は女性と子供でした。性別・年齢別のおおよその内訳は次の通りです。

  • 男性:約1,000人
  • 女性:約1,000人
  • 子供:約2,000人