アフリカの歴史

ミズーリ州には奴隷制度があった?その歴史的背景をわかりやすく解説

結論:ミズーリ州には奴隷制度が存在していた

はい、ミズーリ州では奴隷制度が存在していました。ミズーリ州は1821年8月、奴隷州として合衆国に加盟しました。以後、南北戦争が終結するまでの約40年間、州内では奴隷制が法的に認められ続けました。

1820年の「ミズーリ妥協」とは

ミズーリ州の歴史を語るうえで欠かせないのが、1820年の「ミズーリ妥協(Missouri Compromise)」です。この妥協により、以下のことが決定されました。

・ミズーリを奴隷州として連邦に加盟させる
・メイン州を自由州として加盟させ、議会の南北バランスを維持する
・北緯36度30分線より北の残りのルイジアナ買収地域では奴隷制を永久に禁止する

この妥協は、合衆国議会における親奴隷制派と反奴隷制派の対立による政治的危機を一時的に回避する役割を果たしました。しかし、南北間の亀裂を根本的に解消することはできず、むしろ両地域の対立感情を深め、後の南北戦争勃発につながる要因の一つとなったと評価されています。

なお、ミズーリ妥協には州内の奴隷を段階的に解放する条項も含まれていましたが、この規定が実際に実行されることはありませんでした。

南北戦争期のミズーリ州の動向

1861年に南北戦争が勃発すると、ミズーリ州は北部と南部の境界に位置する「境界州」となり、州民の意見は大きく分裂しました。南部同盟(アメリカ連合国)への加盟を宣言する影の政府が樹立されたものの、州政府本体は連邦(北軍)側にとどまり、戦争期間中も公式には連邦に残留しました。ただし、州内ではゲリラ戦や住民同士の武力衝突が頻発し、国内でも有数の激戦区となりました。

奴隷制度の終焉

ミズーリ州では1865年1月11日、州憲法制定会議が奴隷制の即時廃止を決議し、州内での奴隷制に終止符が打たれました。同年12月には合衆国憲法修正第13条が批准され、全米レベルでも奴隷制度は正式に廃止されました。こうして、ミズーリ州における約40年余りの奴隷制の時代は幕を閉じることとなったのです。