アフリカ人を最初に新世界へ連れて行ったのはポルトガル
アフリカ人を新世界(アメリカ大陸)に最初に連れて行った国は、ポルトガルです。大西洋奴隷貿易の歴史は、15世紀半ばのポルトガル人の探検活動から始まりました。
1441年、最初のアフリカ人がポルトガルへ
1441年、ポルトガルの探検家たちは西アフリカ沿岸で最初のグループとなるアフリカ人を捕らえ、ポルトガル本国へと移送しました。これがヨーロッパによるアフリカ人奴隷貿易の始まりとされています。
彼らはその後奴隷として売られ、マデイラ諸島、カナリア諸島、アゾレス諸島などのサトウキビ農園で労働力として使われました。当時、砂糖は高価な商品であり、その生産には大量の労働力が必要だったのです。
1502年、奴隷貿易がブラジルへ拡大
1502年になると、ポルトガルはアフリカ人奴隷を植民地であるブラジルへ移送し始めました。ブラジルの砂糖プランテーションは急速に拡大し、それに伴って奴隷の需要も増加していきました。
1600年までに、ブラジルにいたアフリカ人奴隷の数は100万人を超えるほどになっていました。ブラジルはやがて、新世界で最も多くのアフリカ人奴隷を受け入れた国となります。
奴隷>奴隷貿易の拠点となった「奴隷砦」とは
奴隷貿易の中継地点として機能したのが、西アフリカ沿岸に建設された要塞(奴隷砦)です。これらの要塞の多くは、ギニア湾岸の西アフリカ地域やカリブ海沿いに位置していました。
有名な奴隷砦の例
- エルミナ城(エルミナ城塞) — ガーナにある、1482年にポルトガル人が建設した要塞
- ケープコースト城 — 同じくガーナに位置する、イギリスが拠点とした奴隷貿易の要塞
- フォート・ジーザス(イエス砦) — ケニアのモンバサにある、ポルトガル人が築いた要塞
これらの要塞は現在、悲しい歴史を後世に伝える記念館や世界遺産として保存されており、大西洋奴隷貿易の実態を知る重要な場所となっています。