アフリカからアメリカ大陸へ奴隷とされた人々を輸送する航路が「中間航路(ミドル・パッセージ)」と呼ばれたのは、この航海が大西洋三角貿易の3つの航路のうち、2番目(中間)にあたる区間だったためです。
大西洋三角貿易の3つの航路
三角貿易は、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ大陸を結ぶ環状の交易ルートで、以下の3つの区間で構成されていました。
- 第1航路:ヨーロッパからアフリカへ ― 織物、武器、金属製品などの工業製品を運搬
- 第2航路(中間航路):アフリカからアメリカ大陸へ ― 奴隷とされたアフリカ人を輸送
- 第3航路:アメリカ大陸からヨーロッパへ ― 砂糖、綿花、タバコなどの原料・農産物を運搬
中間航路の過酷な実態
アフリカからアメリカ大陸への航海は、三角貿易全体の中で最も過酷で危険な区間でした。奴隷とされた人々は船倉にぎゅうぎゅうに詰め込まれ、衛生設備はほとんどなく、換気も不十分で、食料や水も極めて限られていました。多くの人々が数週間に及ぶ航海の間、鎖につながれ、人間としての尊厳を奪われた状態で運ばれました。
この非人道的な扱いにより、航海中の死亡率は非常に高く、病気、飢え、脱水症状、さらには絶望のあまり自ら命を絶つケースも少なくありませんでした。推計では、この中間航路だけで数百万人もの命が失われたとされています。
歴史への教訓
中間航路は、人間を商品として扱った奴隷貿易の残酷さを象徴する存在です。この歴史を正しく学び、記憶し続けることは、差別や人権侵害のない社会を築く上で非常に重要です。