アフリカの歴史

パルマレスはアフリカ植民地ではない?その正体と所在地を解説

「パルマレス」はアフリカの植民地ではありません。実際には、現在のブラジル・アラゴアス州に存在した「キロンボ」と呼ばれる、逃亡奴隷たちによる自由集落でした。

キロンボ・ドス・パルマレスとは

パルマレスは、ポルトガルによる植民地支配から逃れたアフリカ系奴隷たちが、ブラジル北東部の奥地に築いた共同体です。17世紀初頭から約1世紀近くにわたって存続し、最盛期には数千人規模の人々が暮らしていたと伝えられています。

所在地:ブラジル北東部の山岳地帯

パルマレスが位置していたのは、現在のブラジル北東部、アラゴアス州(当時はペルナンブコ州の一部)の山岳地帯です。シェーラ・ダ・バリガと呼ばれる地域にあり、険しい地形が外部からの攻撃に対する天然の要塞として機能しました。

歴史的な意義

パルマレスは、ガンガ・ズンバやズンビといった指導者のもとで組織され、ポルトガル軍やオランダ軍による度重なる討伐を退けました。1694年に最終的に陥落しましたが、奴隷制に抗った自由な共同体として、今日でもブラジルにおける黒人抵抗運動の象徴とされています。

毎年11月20日の「黒人意識の日」は、最後の指導者ズンビの命日にちなんだ祝日であり、パルマレスの歴史が今もブラジル社会に深く根付いていることを物語っています。