新世界の植民地化に最も関与が少なかった国
新世界、すなわちアメリカ大陸の植民地化において、主要なヨーロッパ列強の中で比較的関与が小さかったとされるのがポルトガルです。ポルトガルはアメリカ大陸に最初に足場を築いた国の一つでしたが、スペイン、フランス、イングランドといった他の大国と比べると、その存在感は相対的に限られたものでした。
ポルトガルの関心は「東方との交易」にあった
ポルトガルがアメリカ大陸への本格的な植民に力を注がなかった最大の理由は、その国家戦略にあります。ポルトガルの主眼はあくまで貿易、とりわけアフリカ周回によるインド航路の開拓に置かれていました。15世紀末にヴァスコ・ダ・ガマがインド航路を発見して以降、香辛料などをめぐる東方交易こそが、ポルトガルにとって最優先の事業となったのです。そのため、遠い新世界の領土獲得にはそれほど積極的に投資しませんでした。
例外としてのブラジル
ただし、ポルトガルがまったく新世界に関与しなかったわけではありません。トルデシリャス条約(1494年)で画定された勢力分界線の東側に位置した南米ブラジルは、ポルトガルが本格的に植民経営を行った地域であり、砂糖プランテーションや金鉱山の開発を通じて大きな富をもたらしました。つまりポルトガルは、広大な北アメリカ大陸への進出には消極的だった一方、資源の豊かなブラジル一帯には戦略的に集中していたといえます。
まとめ
スペインやフランス、イングランドが北米・中米・カリブ海各地で大規模な植民地帝国を築いたのに対し、ポルトガルは交易路の確保を軸とした独自の海洋戦略を展開し、新世界への投資は相対的に小規模にとどまりました。その意味で、新世界の植民地化への関与が最も薄かった国として、ポルトガルが挙げられるのです。