結論から言うと、エドワード・ジョン・エア(Edward John Eyre)はオーストラリアを発見していません。この誤解はよく見られますが、ヨーロッパ人としてオーストラリアに最初に到達したのは、17世紀のオランダの探検家たちでした。
エドワード・ジョン・エアとはどんな人物?
エドワード・ジョン・エア(1815年〜1901年)はイギリスの探検家であり、19世紀にオーストラリア南部、特に南オーストラリア地域の内陸部を探索したことで知られています。彼は1839年から1841年にかけてフリンダーズ山脈周辺やグレートオーストラリア湾沿岸を踏破し、現在の南オーストラリア州にある「レイク・エア(Lake Eyre)」は彼の功績を記念して名付けられました。
しかし、あくまで彼は既知の大陸の内陸部を調査した探検家であり、オーストラリア大陸そのものを「発見」した人物ではありません。
ヨーロッパ人が初めてオーストラリアに到達したのはいつ?
ヨーロッパ人によるオーストラリアの「発見」は、一般に1606年、オランダ東インド会社の航海者ウィレム・ヤンスゾーン(Willem Janszoon)がカーペンタリア湾付近の Cape York 半島に到達したのが最初とされています。
その後もオランダの探検家たちは活発に航行を行い、1642年にはアベル・タスマン(Abel Tasman)がタスマニア島(当時はヴァン・ディーメンズ・ランドと呼ばれた)やニュージーランドを発見しました。これらの業績により、当時のオランダ人はオーストラリアを「ニューホラント(New Holland)」として地図に記録しています。
先住民アボリジニの存在という重要な視点
もう一つ忘れてはならないのは、ヨーロッパ人の到達以前から、アボリジニの人々が数万年もの間オーストラリアに暮らしていたという事実です。考古学的な研究によれば、人類がオーストラリア大陸に定住したのは少なくとも約6万5000年前と考えられており、「発見」という言葉が誰の視点に立ったものかを考えることが重要です。
まとめ
- エドワード・ジョン・エアはオーストラリアの発見者ではなく、19世紀に南オーストラリア内陸部を探索したイギリスの探検家である。
- ヨーロッパ人として初めてオーストラリアに到達したのは、17世紀初頭(1606年)のオランダ人探検家たちである。
- ヨーロッパ人来航以前から、アボリジニの人々が何万年も前から同地に住んでいた。