北米植民地をめぐる欧州列強の争い
18世紀、フランスはイギリスやスペインといったヨーロッパ列強とともに、アメリカ大陸における植民地の支配権をめぐって熾烈な争いを繰り広げていました。とりわけイギリスとの対立は深刻で、両国は北米大陸の覇権をかけて何度も衝突していました。
七年戦争の敗北と領土喪失
1756年から1763年にかけて戦われた七年戦争で、フランスは決定的な敗北を喫します。その結果、1763年のパリ条約により、カナダをはじめとする北米に保有していたほぼすべての領土をイギリスへ割譲することとなりました。この喪失は、フランスにとって極めて大きな打撃でした。
奴隷貿易への転換
北米の植民地を失った後、フランスは大西洋奴隷貿易へと重心を移していきます。18世紀から19世紀にかけて、フランスは世界有数の奴隷貿易大国として台頭しました。
ナントやボルドーなどの港町を拠点とするフランスの奴隷商人たちは、西アフリカで数百万人に及ぶアフリカ人を捕らえ、いわゆる「三角貿易」の航路で大西洋を渡り、カリブ海やアメリカ大陸で奴隷として売り払いました。
この歴史は、植民地争奪戦争と奴隷貿易が密接に結びついていたことを物語っています。フランスは領土こそ失ったものの、その損失を奴隷貿易による利益で埋め合わせようとしたのです。