考古学的発見

アジャンタ洞窟は誰が、なぜ造ったのか?その歴史と目的を解説

インド西部マハーラーシュトラ州(旧オーランガバード県)には、ワーゴラー川が描く馬蹄形の渓谷に面した断崖に、29の石窟寺院が連なる「アジャンタ洞窟」があります。火山岩の垂直な崖面を掘り込んで造られたこの遺跡は、1983年にユネスコの世界文化遺産に登録されました。

誰がアジャンタ洞窟を造ったのか

アジャンタ洞窟の造営は、大きく二つの時期に分けられます。第一期は紀元前2世紀頃から紀元前1世紀にかけて、サータヴァーハーナ朝の時代に一部の洞窟(第9・10・12・13窟など)が開削されました。第二期は5世紀後半、ヴァカータカ朝の王ハリシェーナの治世下(およそ西暦460年〜480年)に、残る大多数の洞窟が集中的に造営されました。

つまり、アジャンタ洞窟を作ったのは特定の一人ではなく、王朝の庇護を受けた王族・貴族・富裕な商人たちが寄進し、無名の職人たちが数世代にわたって岩盤を削り続けた結果なのです。

なぜ洞窟は造られたのか

正確な目的については諸説ありますが、一般的には仏教僧のための僧院(ヴィハーラ)として使われていたと考えられています。雨期には修行僧が洞窟に籠もり、瞑想や祈りに励みました。礼拝堂(チャイティヤ)では仏塔を中心とした儀式が執り行われ、宗教文書や聖遺物を保管する場所としても機能していました。断崖に寺院を造営すること自体が、仏教徒にとって功徳を積む重要な行いだったのです。

世界最高峰の仏教芸術

アジャンタ洞窟が世界的に有名なのは、壮大な彫刻とフレスコ画ゆえです。多くの洞窟の壁面や天井を覆う壁画には、釈迦の生涯の場面や、本生譚(じょうせいたん)と呼ばれる釈迦の前世の物語、菩薩や天人たちの姿が色鮮やかに描かれています。これらは古代インド絵画の最高峰とされ、特に第1窟と第2窟の壁画は必見です。石造りの大仏像や精緻な柱彫刻も見どころです。

発見と現代への継承

かつて密林に埋もれて忘れ去られていた洞窟群は、1819年にイギリス軍の将校ジョン・スミスによって再発見されました。現在では世界中から毎年大勢の観光客や巡礼者が訪れ、美術史や考古学を学ぶ学生にとっても格好の研究対象となっています。

アジャンタ洞窟は、古代インドの職人たちの卓越した技術と創造力の証です。千年以上の歳月を超えて今なお人々を魅了し続けるこの遺跡は、インドの文化的遺産の中でも特に価値ある宝物といえるでしょう。