第二次世界大戦中、およそ996人のパイロットがアラバマ州のタスキーギー陸軍航空基地(Tuskegee Army Air Field)で訓練を受けました。彼らは「タスキーギー・エアメン」と呼ばれ、アメリカ軍史上初のアフリカ系アメリカ人パイロット集団として歴史に名を刻んでいます。
ここでは、数多くのメンバーの中から特に著名な人物を紹介します。
著名なタスキーギー・エアメン
1. ベンジャミン・O・デイヴィス・ジュニア(Benjamin O. Davis Jr.)
第332戦闘機群の指揮官としてタスキーギー・エアメン全体を率いた中心的存在。戦後はアメリカ空軍初のアフリカ系アメリカ人将官となり、1998年には名誉中将に昇進しました。
2. ダニエル・“チャッピー”・ジェームズ・ジュニア(Daniel “Chappie” James Jr.)
タスキーギーでは訓練生の教官を務め、戦後は朝鮮戦争やベトナム戦争で戦功を挙げました。1975年にはアメリカ軍史上初のアフリカ系アメリカ人四つ星将軍に昇進しています。
3. チャールズ・B・ホール(Charles B. Hall)
第99戦闘飛行隊所属のパイロットで、1943年にアフリカ系アメリカ人パイロットとして初めて敵機を撃墜した功績で知られています。
4. ロスコー・C・ブラウン・ジュニア(Roscoe C. Brown Jr.)
第100戦闘飛行隊の指揮官として欧州戦線で活躍し、ドイツの最新鋭ジェット機Me262の撃墜でも知られます。戦後は教育者・公民権活動家としても多大な貢献をしました。
5. リー・A・アーチャー(Lee A. Archer)
4機以上の撃墜記録を持つとされ、アフリカ系アメリカ人パイロットで唯一の「エース」と評されることも多い人物です。戦後は実業界でも成功を収めました。
6. ロバート・B・トレズビル(Robert B. Tresville)
第100戦闘飛行隊の隊長を務め、戦闘における勇敢な行動でシルバースター勲章を授与されました。1944年の作戦中に消息を絶ち、若くして命を落とした英雄です。
7. ウィリアム・H・ロビンソン(William H. Robinson)
アフリカ系アメリカ人として空軍基地の指揮官を務めた先駆者の一人とされています。
8. ウォルター・M・ラヴィング・ジュニア(Walter M. Loving Jr.)
アフリカ系アメリカ人としてアメリカ空軍で大佐にまで昇進した先駆者の一人です。
9. ジョン・C・ロビンソン(John C. Robinson)
「ブラウン・コンドル」の愛称で知られる航空の先駆者であり、後のタスキーギー・エアメンたちに大きな影響を与えた人物です。
10. ウェンデル・P・ダブニー(Wendell P. Dabney)
戦後は実業家・慈善活動家として地域社会の発展に貢献しました。
全員の名前を調べるには?
タスキーギー・エアメンには約996人のパイロットがおり、その全員の名前を一覧にすることは容易ではありません。完全な名簿については、タスキーギー大学の公式アーカイブや、元隊員らによって設立された非営利団体「Tuskegee Airmen, Inc.」が資料を保管・公開しています。
まとめ
タスキーギー・エアメンは、厳しい差別の中でも卓越した技術と勇気をもって戦い抜き、1948年の軍隊における人種隔離撤廃(大統領令9981号)の実現へとつながる道を開きました。彼らの功績は、今日のアメリカ空軍の多様性の礎となっています。