イギリス(ブリテン諸島)の歴史において、海を越えてこの地を訪れ、その様子を記録に残した探検家たちは重要な存在です。古代から中世初期にかけて、ギリシャ、カルタゴ、ローマ、北欧など、さまざまな地域の探検家たちがブリテン島やその周辺海域を探索しました。ここでは、イギリスとの関わりで知られる代表的な探検家たちを時代順に紹介します。
マッシリアのピュテアス(Pytheas of Massalia)
紀元前4世紀に活躍したギリシャの地理学者・探検家です。大西洋へと航海し、ブリテン島を訪れた最初の外来者であると考えられています。彼は旅の記録を『海洋論(On the Ocean)』という書物にまとめましたが、残念ながら原本は失われており、後世の作家による引用を通じてのみその内容が伝わっています。ピュテアスがブリテン島を「プレッタニケ」と呼んだことが、「ブリテン」という名称の起源になったとも言われています。
航海者ハンノ(Hanno the Navigator)
紀元前5世紀に活躍したカルタゴの探検家です。アフリカ西海岸沿いに航海し、現在のシエラレオネ付近まで到達したと伝えられています。彼の航海記録は『ペリプルス(Periplus)』として書き残され、現存する数少ない古代の航海記録の一つとなっています。ハンノの探検は主にアフリカ方面へのものでしたが、当時の地中海世界における探検活動の代表例としてよく挙げられます。
ユリウス・カエサル(Julius Caesar)
紀元前1世紀のローマの将軍・政治家です。紀元前55年と紀元前54年の二度にわたってブリテン遠征を行い、ブリテン島に足を踏み入れた最初のローマ人となりました。自らの戦役を綴った『ガリア戦記(Commentarii de Bello Gallico)』には、当時のブリテン島に関する貴重な記述が含まれています。
アグリコラ(Agricola)
西暦78年から84年にかけてブリテン総督を務めたローマの将軍です。在任中にローマの支配領域をブリテン島内で大きく拡大し、その勢力範囲を現在のスコットランド地方にまで及ぼしました。彼の業績については、娘婿にあたる歴史家タキトゥスが伝記『アグリコラ』を著しており、その中には当時のブリテン島の地理や住民に関する詳細な描写が含まれています。
ホーロガランドのオッテレ(Ohthere of Hålogaland)
9世紀に活躍したノルウェーの探検家です。スカンジナビア半島を周回して白海へと航海したことで知られています。その後、イングランドを訪れてアルフレッド大王と面会し、自らの航海譚を語りました。この記録は、アルフレッド大王が編纂させた古英語の文献『オロシウス』の中に保存されています。
ヘーゼビューのウルフスタン(Wulfstan of Hedeby)
9世紀に活躍したデンマークの探検家です。バルト海を舞台に航海を行い、現在のポーランド地方にあった交易地トゥルーソなどを訪れました。オッテレと同様にイングランドへ渡り、アルフレッド大王と面会したとされ、その航海の話も同じく『オロシウス』に収録されています。
まとめ
これらの探検家たちは、それぞれの時代に未知の土地への冒険を敢行し、その記録を後世に残しました。ピュテアスやカエサルの記述は、文字資料が乏しい古代ブリテンの様子を知る貴重な手がかりであり、オッテレやウルフスタンの航海譚は、ヴァイキング時代における北欧とイングランドの交流を物語る重要な史料です。イギリスの歴史を深く理解するうえで、彼ら探検家たちの足跡は欠かすことのできないものと言えるでしょう。