ジェーン・コールデン(1724年~1766年)は、アメリカ合衆国初の女性植物学者です。同時代の学者たちから広く認められ、ニューヨーク州の植物相を網羅した目録作りという偉業を成し遂げました。
幼少期からの好奇心と聡明さ
1724年3月27日、ジェーン・コールデンはニューヨークに生まれました。父のカドワラダー・コールデンは、医師であり植民地ニューヨークの知事を務めた人物であると同時に、植物学者でもありました。
幼い頃から、彼女はスウェーデンの博物学者カール・フォン・リンネによる新しい植物分類体系を研究し、庭園で植物標本の採集や乾燥、栽培を行う父の活動に付き添うようになりました。「ジェニー」の愛称で呼ばれた娘の旺盛な好奇心に喜んだカドワラダーは、その関心を積極的に奨励し、自身の研究への参加を促します。彼は自らの科学的知識を娘に伝授するとともに、先住民が持つ植物に関する伝統的な知識にも目を向けるよう導きました。
13歳になる頃には、その知識はすでに非常に高度なものであり、父の協力のもと、サミュエル・バード、ピーター・コリンソン、アレクサンダー・ガーデンといった当時を代表する植物学者たちと文通を交わすまでに成長していました。中でもアレクサンダー・ガーデンは、彼女にとって最も影響力のある後援者となりました。
ニューヨーク州の植物相の記録
1753年から1758年にかけて、ジェーン・コールデンはニューヨーク州の植物相を記録するという膨大な作業に取り組みました。ハドソン川流域から約300種の植物を収集し、それぞれの情報を丁寧にまとめるとともに、才能あふれる筆致で図版を描き上げています。種の分類には、カール・フォン・リンネが確立したリンネ式分類体系を採用しました。
1759年、ジェーンは医師ウィリアム・ファーカーと結婚し、植物学者としての活動を中断します。1766年には一人息子を出産しましたが、子供は生後まもなく亡くなり、彼女自身もわずか数ヶ月後にこの世を去りました。
ニューヨークの約300種の植物を記載した彼女の手稿は、現在も大英博物館に所蔵されています。同時代の研究者たちだけでなく、後世の学者たちからも高く評価された存在であり、著名な植物学者エイサ・グレーは、彼女こそが「最初のアメリカ人植物学者」であると評しました。