アミナ・ザリア(Aminatu of Zaria、1533年頃~1610年頃)は、「戦士の女王」として知られる西アフリカの伝説的な女性支配者です。現在のナイジェリア北部に位置したハウサ人の都市国家ザッザウ(後のザリア)の女王バクワ・トゥルンクの娘として生まれ、その勇気と武勲によって後世に名を刻みました。
ザリア王の娘として
アミナの生涯について記録は少なく、歴史家の間でも彼女が王女であったのか、あるいは女王として即位したのかについては見解が分かれています。しかし、彼女の数々の征服事業と卓越した軍事的才能については、誰もが認めるところです。
1539年、16歳になったアミナは父であるザッザウ王の後継者となりました。母バクワ・トゥルンクはこの都市を「ザリア」と改称したと伝えられています。幼い頃から戦争の技術に強い関心を示し、父王の兵士たちとともに訓練を重ねることで、武芸を磨いていったといいます。
34年にわたる軍事遠征
1566年に父王が亡くなると、王位はアミナの弟カラマが継承しました。カラマは10年間ザリアを統治しましたが、1576年に世を去ります。その後、アミナが王位を継いだとされていますが、実際に即位したかどうかは今なお議論の対象となっています。
とはいえ、この時期から彼女がザリアの領土拡大を目指して一連の軍事遠征を開始したことは確かです。北へ、南へ、そして西へと進軍を続けたアミナは、34年の長きにわたって数多くの勝利を収め、征服した地域を次々と服属させていきました。また、地域の各都市を取り囲む土塁による要塞(城壁)を築いた功績も彼女に帰せられており、これらの防壁は「ガヌワリ」と呼ばれることもあります。
ハウサの戦士の女王
ナイジェリア史上の重要人物であり、「ハウサの戦士の女王」の異名を持つアミナは、今もなお民衆の間で歌い継がれています。有名な歌では、次のように謳われています。
「ニカタウの娘アミナ、男にも劣らぬ力を持つ女なり」
彼女をめぐっては数々の伝説が語り継がれています。その一つによれば、アミナは生涯結婚することはなかったものの、征服した都市ごとに夜の恋人を選び、翌朝にはその男を殺していたといいます。史実かどうかは定かではありませんが、彼女の恐れられる存在感を物語る逸話として広く知られています。
こうした伝説的なイメージは現代のポップカルチャーにも影響を与えており、テレビシリーズ『ゼナ:プリンセス・ウォーリアー』の主人公のモデルの一つになったとも言われています。
参考資料・関連リンク
Aminatu of Zaria – Hausa Warrior-Queen
アミナのWikipedia記事
Aminatu – Wikipedia(英語版)