
フランス王女クロードの生涯
クロード・ド・フランス(1499年-1524年)は、フランス王ルイ12世とブルターニュ女公アンヌ・ド・ブルターニュの間に生まれた長女です。当時のフランスではサリカ法によって女子の王位継承が認められていなかったため、正統な王女でありながら、父王の後を継いでフランス王位に就くことはできませんでした。
ブルターニュの相続人としての婚約
一方、母アンヌからブルターニュ公国を相続する立場にあったクロードは、ヨーロッパ国際政治において重要な存在でした。幼い頃、彼女はハプスブルク家のオーストリア大公カール(後の神聖ローマ皇帝カール5世)と婚約します。しかしこの縁組が実現すれば、フランス王国はハプスブルク勢力に包囲され、さらにブルターニュを失うという二重の危機に直面することになりかねませんでした。
婚約の破棄とフランソワ1世との結婚
1505年、病に伏せっていたルイ12世は、こうした事態を回避するため、三部会の決議によってこの婚約を破棄させました。代わりに白羽の矢が立ったのが、若きアングレーム伯フランソワ、すなわち後のフランソワ1世です。クロードは1514年にフランソワと正式に結婚し、翌1515年の夫の即位とともにフランス王妃となりました。フランソワにとって、クロードは最初の妻にあたります。
名を今に残すプラムの品種
クロードの名は、スモモ(プラム)の一品種「レーヌ・クロード(クロード王妃)」として今日まで伝えられています。甘みが強く上品な風味で知られるこの品種は、彼女への敬意を込めてそう名付けられたものです。