歴史上の人物

ボナパルト家:皇帝ナポレオンを生んだコルシカの一族

ボナパルト家:皇帝ナポレオンを生んだコルシカの一族

ボナパルト家とは

ボナパルト家(Bonaparte)は、イタリア系の血を引くコルシカ島の名家です。元々は「ブオナパルテ(Buonaparte)」というイタリア語の姓を名乗っていましたが、コルシカがフランスに併合された後、「ボナパルト」とフランス語読みされるようになりました。この一族から、フランス第一帝政を開いた皇帝ナポレオン一世が誕生したことで、世界史にその名を刻んでいます。

ここでは、ナポレオンの人生を方向づけた両親——父カルロ・マリーアと母マリア・レティツィアの足跡をご紹介します。

カルロ・マリーア・ブオナパルト(1746年〜1785年)

ナポレオンの父にあたる人物です。コルシカ島アジャクシオで生まれ、法律家として活動していました。

若き日には、コルシカ独立運動の指導者パスクァーレ・パオリに共鳴し、独立運動の戦いに身を投じました。しかし1768年にコルシカがフランス王国に併合されると、彼は現実的な判断を下し、フランス政府側に忠誠を誓う道を選びます。

この決断によって、彼は貴族としての立場と安定した収入を確保することができました。結果として、息子ナポレオンが本土のブリエンヌ陸軍士官学校やパリの士官学校で教育を受けられる機会が生まれたのです。ナポレオンの栄光の出発点には、父の柔軟な判断力があったと言えるでしょう。

しかしカルロ自身は栄光を見ることなく、1785年に胃がんのため、わずか38歳でこの世を去りました。

マリア・レティツィア(1750年〜1836年)

ナポレオンの母であり、旧姓ラモリーノ。わずか14歳でカルロと結婚し、生涯に13人の子どもをもうけ、そのうち8人を大人まで育て上げた、意志の強い女性として知られています。

夫が早世した後は、厳しい経済状況の中で子育てを担いました。その経験ゆえに、彼女は実利主義的で冷静な性格を持つようになったと伝えられています。

帝政時代には「マダム・メール(Madame Mère/皇帝の母)」の尊称で呼ばれ、宮廷において格別の敬意と手厚い年金を受ける存在となりました。ナポレオンの失脚後も彼女は健在であり、晩年をローマで過ごし、1836年に86歳という高齢で穏やかな最期を迎えました。