歴史上の人物

フィリップ・ル・バ(1764〜1794):ロベスピエールと運命を共にしたフランス革命の政治家

フィリップ・ル・バ(1764〜1794):ロベスピエールと運命を共にしたフランス革命の政治家

フィリップ・フランソワ・ジョゼフ・ル・バ(Philippe-François-Joseph Le Bas)は、フランス革命期の政治家であり、マクシミリアン・ロベスピエールの最も忠実な支持者の一人でした。パ=ド=カレー県選出の国民公会議員として頭角を現し、ジャコバン独裁体制の中核を担った人物です。

恐怖政治への関与と総保安委員会

ル・バは恐怖政治(テロール)の時代に積極的に関与し、1793年には総保安委員会(Comité de sûreté générale)のメンバーに就任しました。同委員会は反革命容疑者の摘発と国内の治安維持を担う機関であり、ル・バはロベスピエール率いる公安委員会と密接に連携しながら、革命政府の防衛に全力を尽くしました。

サン=ジュストとの軍事任務

1793年から翌年にかけて、彼はベルトラン・バレールらとともに、また特にサン=ジュストと行動を共にし、「派遣代表(軍使)」としてサンブル=エ=ムーズ軍およびライン軍のもとへ赴きました。前線で将兵の士気を高め、規律を引き締め、無能な指揮官を更迭するなどして疲弊したフランス軍の立て直しに貢献し、革命軍の勝利を陰で支えました。

熱月9日 — 悲劇的な最期

1794年7月27日(共和暦熱月9日)、国民公会内で起こったクーデタにより、ル・バは盟友ロベスピエール、サン=ジュスト、クートンらと同時に逮捕されました。その後、パリ・コミューンの手によって一時的に解放されたものの、同日深夜に市庁舎(ホテル・ド・ヴィル)が国民公会側の部隊に制圧されると、彼はギロチン台に送られることを拒み、拳銃を自らの頭部に撃ち込んで自ら命を絶ちました。享年29歳でした。

なお、彼の息子フィリップ・ル・バは、後に著名な古代ギリシャ学者・考古学者として名を残すことになります。