歴史上の人物

ジャン=ジャック・ルソー――生誕300年を超えてなお読み継がれる啓蒙の哲学者

ジャン=ジャック・ルソーの生涯

ジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau、1712年6月28日 - 1778年7月2日)は、ジュネーヴにカルヴァン派の家庭に生まれた哲学者・作家です。生後まもなく母親と死別した彼は、幼少期から青年期にかけていくつもの家庭を渡り歩く不安定な日々を送りました。

そんなルソーの人生に大きな転機をもたらしたのが、ヴォラン男爵夫人として知られるマダム・ド・ヴァランとの出会いです。アヌシー、シャンベリーなどでの暮らしの中で、彼女はルソーを保護し、カトリック信仰へと導きました。この時期に彼は幅広い読書と独学によって教養を深めていきます。

「人間は生まれながらにして善である」――思想の出発点

1749年、ディジョン・アカデミーの懸賞論文への応募がきっかけとなり、ルソーは『学問芸術論』(第一論文)を発表します。そこで彼は「社会とは、生まれながらに善き存在である人間を堕落させるものである」という、その後の思想の根幹を据えました。予想外の反響を呼んだこの著作は、ルソーを一躍有名な存在へと押し上げます。

さらに彼は『人間不平等起源論』(第二論文)、そして『社会契約論』へと思索を展開します。特に『社会契約論』では、「一般意志」に基づく政治の原理を提示し、人間同士の平等を守る社会のあり方を提唱しました。この思想は、フランス革命の「人権宣言」に多大な影響を与えたことで知られています。

教育論と迫害の日々

家庭教師としての経験をもとに著された『エミール、または教育について』では、知識の詰め込みではなく、体験を通じて学ばせるという革新的な教育論を打ち出しました。しかしこの著作は当時の権威を挑発するものでもあり、パリ高等法院は発禁処分に踏み切ります。書物を焼かれる危機に瀕したルソーはスイスへ亡命を余儀なくされました。

以降、ヴォルテールによる風刺や各地からの追放などを経て、ルソーの中で迫害感は一層強まっていきます。かつて盟友だったディドロが主導する『百科全書』の執筆にも参加した啓蒙の哲学者は、やがて啓蒙陣営とも決別することとなりました。

ロマン主義の先駆者として

ルソーは自己と自然を賛美する独特の感性によって、後のロマン主義文学の基礎を築いた人物として評価されています。晩年の遺作『ひとり歩きをする夢想者の夢』では、内省と自然観察を通じた心の軌跡が綴られ、近代文学における自伝的告白の先駆けとなりました。

1778年にエルムノンヴィルにて没したルソー。その遺骸は1794年、フランス革命の熱狂の中でパンテオンに改葬され、今なお多くの人々の敬愛を集めています。

基本プロフィール

生没年:1712年6月28日 - 1778年7月2日
職業:哲学者、作家
主な著作:『学問芸術論』『人間不平等起源論』『社会契約論』『エミール』『懺悔録』『ひとり歩きをする夢想者の夢』