歴史上の人物

ルネ・コティとは?第四共和政第2代大統領の生涯と功績

ルネ・コティとは

1882年、フランス北部ノルマンディーの港湾都市ル・アーヴルに生まれたルネ・コティ(René Coty)は、法律家としての修業を積んだ後、政界へと足を踏み入れました。市議会議員、県議会議員、国民議会議員、そして閣僚まで、地方から中央政府に至るまで幅広い要職を歴任し、着実に政治的キャリアを築き上げた人物です。

第二次世界大戦期の動向

1940年7月10日、当時上院議員であったコティは、フィリップ・ペタン元帥に全権を委任する採決に賛成票を投じました。しかし、その後のレジスタンス(対独抵抗運動)への関与が認められたことにより、終戦後には公職就任資格を回復し、戦後政治への復帰を果たしています。

第四共和政大統領として

1954年、ヴァンサン・オリオールの後任として第四共和政第2代大統領に就任しました。在任中には社会党指導者のギイ・モレを首相(閣評議会議長)に任命しています。

1958年5月、アルジェリア戦争をめぐる混乱が国家の分裂寸前にまで及ぶなか、コティは歴史的な決断を下します。それは、シャルル・ド・ゴール将軍に対して新内閣の組閣を要請するというものでした。同年10月、ド・ゴールの手により第五共和政憲法が公布されると、コティは翌1959年1月に新大統領へ権限を移譲し、約12年間続いた第四共和政の幕を自ら下ろしたのです。

晩年

退任後は憲法院(憲法評議会)の委員を務めるとともに、道徳・政治科学アカデミーの会員にも選出されるなど、学術分野でもその功績が認められました。1962年、心臓発作のため故郷ル・アーヴルでこの世を去りました。

基本情報

生没年:1882年〜1962年
主な役職:第四共和政大統領(1954年〜1959年)