歴史上の人物

ベトナム戦争で活躍した伝説のグリーンベレーたち――著名な隊員の名前と功績

ベトナム戦争では、緑のベレー帽を象徴とするアメリカ陸軍特殊部隊「グリーンベレー」が、正規戦闘からゲリラ戦、秘密偵察、現地兵力の訓練まで、多岐にわたる任務を担いました。ここでは、その中でも特に知られる伝説的な隊員たちを紹介します。

アーサー“ブル”サイモンズ大佐(Arthur “Bull” Simons/1918–1979)

第二次世界大戦と朝鮮戦争にも従軍した、実戦経験豊富な特殊作戦の専門家です。ベトナム戦争では特殊部隊の上級指揮官として活動し、特に1970年の「ソンタイ襲撃作戦」では、北ベトナム奥地の捕虜収容所を急襲する部隊の現場指揮を担当しました。救出自体には至らなかったものの、その大胆かつ綿密な計画性は、後の米は、後の米軍特殊作戦の礎となりました。

ジェームズ“ニック”ロウ大佐(James “Nick” Rowe/1938–1989)

1963年に南ベトナムでベトコンの襲撃を受け捕虜となり、約5年間の過酷な拘束生活を耐え抜いた末、1968年末に脱出に成功しました。その体験を綴った回想録『Five Years to Freedom』は広く読まれ、帰国後は米陸軍の生存・脱出・抵抗訓練(SERE)プログラムの構築にも貢献しました。退役後はフィリップで防衛顧問を務めましたが、1989年、共産ゲリラ組織「新人民軍(NPA)」によって暗殺されました。

ロイ・ベナヴィデス曹長(Roy Benavidez/1935–1998)

メキシコ系アメリカ人出身の衛生兵(メディック)です。1968年5月、ロクニン付近での戦闘において、包囲された味方部隊の救援に駆けつけ、幾度となく被弾しながらも数時間にわたり戦い続け、多数の負傷者の命を救いました。全身に重傷を負いながら生還したその英雄的行為により、名誉勲章(Medal of Honor)を授与されています。

ロバート・ハワード大佐(Robert L. Howard/1939–2009)

秘密作戦部隊「MACV-SOG」などで危険極まりない越境偵察任務に従事した伝説的な隊員です。1968年末のカンボジア国境付近での戦闘では、重傷を負いながらも部隊の離脱を支える殊勲を挙げ、後に名誉勲章を受章しました。生涯に複数回、名誉勲章候補に推薦されたとされる、屈指の勇士です。

ベニー・アドキンス曹長(Bennie Adkins/1934–2020)

1966年3月、アシャウ渓谷の特殊部隊拠点「キャンプ・アシャウ」が大規模な攻撃を受けた際、重傷を負いながらも敵火の中を何度も往復し、負傷した仲間を助けて撤退を成功させました。この戦功により、約半世紀を経た2014年に名誉勲章を授与されています。

バリー・サドラー(Barry Sadler/1940–1989)

ベトナムに従軍したグリーンベレーであり、シンガーソングライターとしても名を馳せました。1966年に発表した「バラード・オブ・ザ・グリーンベレー(The Ballad of the Green Berets)」は全米シングルチャートで1位を獲得し、特殊部隊の存在を一般に広く知らしめた一曲となりました。除隊後も音楽活動や作家活動を続けました。

ゲイリー・バイカーチュ(Gary Beikirch/1947– )

衛生兵として第5特殊部隊グループに所属し、中央高原のコントゥム省にあるダクセン(Dak Seang)基地で勤務していました。1970年4月、基地が大規模な攻撃を受けた際、自らも重傷を負いながらも砲火の中を移動し続け、負傷者の救助と治療に徹しました。その勇敢さは半世紀余りを経た2021年12月、名誉勲章として正式に認められました。

まとめ

これらの隊員たちは、ベトナム戦争におけるグリーンベレーの勇気・献身・犠牲を象徴する存在です。名誉勲章を受章した勇士から、捕虜生活を乗り越えて後進の訓練に尽力した者、音楽によって部隊の精神を歌い上げた者まで、彼らの功績はアメリカ軍特殊作戦の歴史に深い足跡を残しています。