ロニー・ジョンソンとは?まずは人物像を確認
ロニー・ジョンソン(Lonnie Johnson)は、1949年10月6日にアラバマ州モービルで生まれたアメリカの発明家・航空宇宙エンジニアです。タスキージー大学で機械工学の学士号と原子力工学の修士号を取得し、NASAのジェット推進研究所(JPL)では木星探査機「ガリレオ」や土星探査機「カッシーニ」のミッションに関わるなど、本業でも優れた実績を残してきました。
しかし、彼の名を一躍有名にしたのは、1980年代に生み出した高圧式水鉄砲「スーパーソーカー(Super Soaker)」です。累計売上は10億ドルを超え、世界中の子どもたちを夢中にさせた大ヒット商品となり、2022年には全米発明家殿堂にも迎えられています。
ロニー・ジョンソンの兄弟姉妹は何人?
結論から言うと、ロニー・ジョンソンは6人きょうだいの3番目として育ちました。つまり、本人を含めた6人の子どものうちの一人であり、兄弟姉妹は5人いたことになります。
ただし、きょうだい一人ひとりの名前や現在の状況といった詳細な情報は、公表されている資料が少なく、確実なことは分かっていません。彼の人生において語られることが多いのは、むしろ両親や家庭環境からの影響です。
きょうだいと過ごした子ども時代
貧しいながらも工夫に満ちた家庭
ジョンソン家は決して裕福ではありませんでした。父親は第二次世界大戦の従軍経験を持つ退役軍人で、近くの空軍基地で民間人ドライバーとして働き、母親は家政婦として働いた後、看護助手になりました。
そんな父親は、家庭内の家電製品を自分の手で修理するタイプの人間でした。少年期のロニーはその姿を見て育ち、父親から修理の技術を学びながら、「物がどう動くのか」という好奇心を育んでいきました。
好奇心旺盛だった少年時代
子ども時代のロニーは、おもちゃを分解しては仕組みを調べるような少年だったと言われています。10代になると、スクラップ部品を集めてエンジン付きのゴーカートを作り上げるほどの腕前になり、高校時代には圧縮空気で動くロボット「ライネックス(Linex)」を制作して科学フェアで入賞を果たしました。
6人きょうだいの中で育ったことも、彼の創造性に影響を与えたと考えられます。限られた資源の中で遊びや実験を工夫する毎日は、後に発明家として成功する下地となりました。
家族の支えが生んだ「スーパーソーカー」
1982年、当時NASAで働いていたジョンソンは、自宅の浴室でフロンを使わない熱ポンプの実験を行っていました。その際、ノズルから勢いよく水が噴き出す現象を目撃し、これが強力な水鉄砲のヒントになります。
試作を重ねて完成した水鉄砲は、1990年に「パワードレンチャー」として発売され、翌1991年に「スーパーソーカー」と改名されると爆発的なヒットを記録しました。
まとめ
ロニー・ジョンソンには5人の兄弟姉妹がおり、6人きょうだいの3番目の子としてアラバマ州モービルで育ちました。きょうだい個々の詳細はあまり公表されていませんが、家電修理をこなす父親や働き者の母親に囲まれた家庭環境が、世界的発明家へと成長する土壌になったことは間違いありません。