1917年に起こったロシアの十月革命は、20世紀の歴史を大きく変えた出来事です。本記事では、レーニンとトロツキー率いるボリシェヴィキの政権掌握をめぐる重要ポイントを、「四月テーゼ」やソヴィエトの役割、革命直後の行政施策などに関する演習問題形式で確認できます。各問題の後に解答と解説も掲載しているので、試験対策や復習にぜひご活用ください。
問題
問1
(PUC-RS)1917年、レーニンとトロツキーに率いられたボリシェヴィキは、「平和・土地・パン」という綱領を盛り込んだ「四月テーゼ」によって支持を大きく広げました。この綱領が提唱した内容として正しいものを選びなさい。
- ロシアの第一次世界大戦への継続参戦、満洲の征服、およびソヴィエトの結成。
- ロシアの第一次世界大戦からの離脱、議会制君主制の確立、および赤衛隊の結成。
- ロシアの第一次世界大戦への参戦、プロレタリア独裁の樹立、および新経済政策(NEP)の採用。
- ロシアの第一次世界大戦への継続参戦、ボスポラス海峡とダーダネルス海峡の支配、および議会の設置。
- ロシアの第一次世界大戦からの離脱、大土地所有の農民への分配、および国内物資供給の正常化。
問2
(Mack)すると、一人の労働者が立ち上がった。無骨な風貌で、ひどく憤慨し、怒りに打ち震えて——
「私はペトログラードのプロレタリアートのために語るのだ」と彼は荒々しく言った。「我々は武装蜂起を支持する。お前たちの好きにするがいい。だが警告しておこう。もしソヴィエトの解体を許すなら、お前たちは我々のために命を落とすことになるぞ。」
ジョン・リード
上記の文章に関係する事項は次のどれか。
- 1917年のロシア革命における、労働者・兵士・農民の代表評議会(ソヴィエト)の役割。
- ボリス・エリツィンのソ連大統領就任に対する、ソヴィエト連邦大会の共産主義者たちの抵抗。
- 1917年2月のロシア革命(二月革命)におけるスターリンによる赤軍の編成。
- 1991年8月に最高会議のメンバーが実行した、ミハイル・ゴルバチョフの改革に対する政治的クーデター。
- レーニンが擁護し実践した新経済政策(NEP)に対する、プロレタリアートと軍部の抵抗。
問3
1917年10月25日、ボリシェヴィキによる政権掌握により、新しい政府はいくつかの行政措置を実施することができました。その中に含まれないものを選びなさい。
- 人民委員の設置。
- 労働者による生産管理の原則の採用。
- 農民への土地の分配。
- 貴族称号の廃止。
- 国家と教会の結合の維持。
問4
1917年ロシアの十月革命に関連する出来事を記した下の2つの欄を対応させなさい。
I)冬宮(ウィンター・パレス)への襲撃 | a)ソヴィエトが新政権の奪取実行を志向していた大会。 |
II)全ロシア工場委員会第三回会議 | b)新しい国家を統治するために構成された閣僚機関。 |
III)『労働者・兵士・農民への訴え』 | c)1917年10月25日、臨時政府が打倒され、ソヴィエト政権が樹立された局面。 |
IV)人民委員会議 | d)レーニンが執筆し、権力がソヴィエトへ移譲されたことを国民に告知した文書。 |
両欄を正しく組み合わせた選択肢を以下から選びなさい。
- I-c、II-a、III-d、IV-b。
- I-d、II-a、III-b、IV-c。
- I-d、II-c、III-b、IV-a。
- I-a、II-c、III-d、IV-b。
- I-c、II-d、III-b、IV-c。
解答と解説
問1の解答
正答:E
「平和・土地・パン」という三つのスローガンは、まさに戦争、飢餓、土地の集中といった社会問題を克服することを目指したものでした。これらの問題こそが、国民がツァーリに反旗を翻し、1917年2月に彼を打倒する原因となった要因でした。
問2の解答
正答:A
ソヴィエト(評議会)は、革命期においてロシアの労働者階級が自ら創り上げた最も重要な組織体でした。引用された演説は、労働者たちがこの組織を強く擁護していたことを示す一例です。
問3の解答
正答:E
教会は人間の解放の妨げであるとみなされていたうえ、ツァーリ体制と密接に結びついていたため、ボリシェヴィキは国家と教会の分離を決定しました。したがって「国家と教会の結合の維持」は、新政権の施策には含まれません。
問4の解答
正答:A(I-c、II-a、III-d、IV-b)
冬宮への襲撃は臨時政府の打倒とソヴィエト政権樹立の瞬間(c)、全ロシア工場委員会第三回会議は新政権奪取を志向した大会(a)、『労働者・兵士・農民への訴え』は権力移譲を告げるレーニンの文書(d)、そして人民委員会議は新国家を統治する閣僚機関(b)です。