答えは1936年——ただし問いには重要な修正が必要
「1と0のストリームを処理できる機械があらゆる問題を解決できることをアラン・チューリングが証明したのは何年か」という問いに対しては、まず一点修正が必要です。実は、チューリングはそのような主張をそのまま証明したわけではありません。
正確には、1936年、当時23歳だったアラン・チューリングは「計算可能数について(On Computable Numbers, with an Application to the Entscheidungsproblem)」と題する論文を発表しました。この論文で彼が提示したのが、あらゆる計算可能な計算を実行できる理論上の計算装置——すなわち「チューリングマシン」です。
チューリングマシンとは何か
チューリングマシンは、テープ上に記録された記号(0や1など)を読み書きしながら、単純な規則に従って動作する抽象的な計算モデルです。この極めて単純な仕組みでありながら、計算可能なあらゆる処理を実行できることが示されました。この考え方は、今日「チューリング完全」と呼ばれる概念の基礎となっています。
重要なポイント:「あらゆる問題」ではなく「あらゆる計算可能な計算」
見落とされがちですが、チューリングが証明したのは「あらゆる問題」を解決できるということではなく、「計算可能なあらゆる計算」を実行できるという点です。むしろチューリング自身が、同じ論文の中で解くことのできない問題(決定不能な問題)の存在も証明しています。有名な「停止性問題」がその代表例です。
現代コンピュータへの影響
1936年のこの業績は、現代コンピュータ科学の理論的基盤となりました。今日使われているすべてのコンピュータは、原理的にはチューリングマシンと同等の計算能力を持つ「チューリング完全」な機械です。第二次世界大戦中の暗号解読から現代のAI研究に至るまで、チューリングの遺産はコンピュータ科学のあらゆる分野に息づいています。