1776年、トーマス・ジェファーソンが起草したアメリカ独立宣言には、イギリス政府に対する数多くの苦情(グリーヴァンス)が列挙されています。これらの苦情は、植民地の人々がなぜ母国からの独立を選んだのかを理解する上で重要な手がかりとなります。
独立宣言に列挙された主な苦情
ジェファーソンが挙げた代表的な苦情は以下の通りです。
- 代表なくして課税あり――植民地の人々はイギリス政府に税金を納めることを求められながらも、議会には代表者を持たず、意見を反映する手段がありませんでした。
- 兵士の強制的な宿営――植民地人の同意なしに、イギリス軍の部隊が植民地内に駐留・宿営することを強制されました。
- 貿易の制限と関税――植民地の交易活動が厳しく制限され、植民地産の品物には関税が課されました。
- 陪審員による裁判権の否定――陪審制度による公正な裁判を受ける権利が認められませんでした。
- 戒厳令の施行――植民地において戒厳令が敷かれ、平時であっても軍事統治が行われました。
- 請願権の否定――政府に対して不満や要望を訴える請願の権利が認められませんでした。
- 植民地議会の解散――イギリスの政策に批判的な植民地議会は、強制的に解散させられました。
- イギリス人官僚の任命――植民地の重要な役職に、現地の実情を知らないイギリス本国の官僚が送り込まれました。
- 自治権の否定――植民地が自らを統治する権利そのものが認められませんでした。
最も深刻だったのはどの苦情か?
中でも特に深刻だとされるのが「代表なくして課税あり」の問題です。自らの意思を反映できる代表者がいないまま税金だけを支払うことは、当時のイギリス人が重んじた「無代表、非課税(No taxation without representation)」の原則に真っ向から反するものであり、自由と財産権への根本的な侵害として受け止められました。
また、陪審裁判の否定や戒厳令の施行といった司法・法の支配に関わる苦情も、市民の基本的な権利を脅かすものとして強い反発を招きました。
苦情が意味するもの
ジェファーソンは、これらの苦情があまりにも重大であるため、植民地にはイギリスとの政治的つながりを断ち切り、独自の独立した政府を樹立する正当な権利があると主張しました。この考え方は、「統治される者の同意に基づく政府」という啓蒙思想に根ざしており、後の民主主義国家の理念に大きな影響を与えることとなりました。