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第一次世界大戦後、ウィルソン大統領の国際関与提案にアメリカ人はどう反応したのか?

第一次世界大戦後、アメリカ合衆国が世界情勢により積極的に関与すべきだとするウィルソン大統領の提案に対し、アメリカ国民の反応は大きく二つに分かれました。

賛否に分かれたアメリカ世論

戦争遂行を支持してきた人々の中には、ヨーロッパの復興を支援し、世界中に民主主義を広めることはアメリカの道義的責任であると考える声がありました。彼らは、大国アメリカが国際社会の安定に貢献すべきだと信じていたのです。
一方で、外国の紛争に巻き込まれることを警戒し、「アメリカはまず自国の国内問題に集中すべきだ」と主張する人々も少なくありませんでした。大西洋を隔てた遠い大陸での対立に関わることは、得られる利益よりもリスクが大きいと考えられていたのです。

ロッジ上院議員による強硬な反対

ウィルソン大統領の提案に最も強く反対した人物の一人が、上院外交委員会の共和党委員長を務めたヘンリー・カボット・ロッジ上院議員です。
ロッジは、ウィルソン大統領自身が創設に尽力した国際機関である国際連盟に加盟すれば、アメリカの主権が侵害されるおそれがあるとして、加盟に断固として反対しました。さらに、戦争終結時に調印された講和条約の履行を支えるためアメリカ軍をヨーロッパへ派遣するというウィルソンの計画についても、強い異議を唱えました。

国際連盟加盟は拒否され、連盟は機能不全へ

ロッジ率いる反対派との激しい攻防の末、ウィルソン大統領はヴェルサイユ条約の批准に向けて上院を説得しようと尽力しました。しかし、上院は最終的に条約の批准、ひいては国際連盟へのアメリカの加盟を拒否します。
この決定は国際連盟にとって致命的な打撃となりました。最も強力な潜在的加盟国となるはずだったアメリカの支援を欠いた連盟は、実質的に機能不全に陥り、戦後の国際秩序を維持する力を大きく失ったのです。

社会の深い分裂を映し出した論争

ウィルソン大統領が構想した「国際社会におけるより積極的な役割」をめぐる論争は、当時のアメリカ社会に存在した深い対立を反映するものでした。国際協力主義と国内優先主義という二つの路線の間で揺れるこの亀裂は、その後も長年にわたりアメリカの外交政策の方向性に影響を及ぼし続けました。

結局、選ばれたのは孤立主義

こうした経緯を経て、アメリカ国民はウィルソン大統領の描いた積極的な国際関与のビジョンを受け入れることには慎重でした。
代わりにアメリカが採用したのは、外国の紛争には介入せず、自国の内政に専念するという孤立主義政策でした。この選択は、戦間期のアメリカ外交を特徴づける大きな柱となったのです。