キューバ・ミサイル危機とケネディ政権の閣僚たち
1962年10月、ソ連がキューバに核ミサイルを配備したことが発覚し、世界は核戦争の瀬戸際に立たされました。この「キューバ・ミサイル危機」と呼ばれた約13日間、ジョン・F・ケネディ大統領は閣僚や顧問らで構成される国家安全保障会議執行委員会(エグゼクティブ・コミッティー、通称ExComm)とともに対応にあたりました。
ここでは、危機発生当時のケネディ政権内閣を構成していた主要な閣僚を紹介します。
危機当時の閣僚一覧
- ディーン・ラスク(Dean Rusk):国務長官。外交政策の最高責任者として危機対応を主導しました。
- ロバート・マクナマラ(Robert McNamara):国防長官。海上封鎖(検疫)作戦の立案など、軍事面で中心的な役割を果たしました。
- C・ダグラス・ディロン(C. Douglas Dillon):財務長官。共和党出身ながらケネディ政権に留任した人物です。
- ロバート・F・ケネディ(Robert F. Kennedy):司法長官。大統領の実弟であり、ソ連大使ドブルイニンとの秘密交渉など、極めて重要な役割を担いました。
- J・エドワード・デイ(J. Edward Day):郵政長官。
- スチュワート・ユーダル(Stewart Udall):内務長官。
- オーヴィル・フリーマン(Orville Freeman):農務長官。
- ルーサー・H・ホッジス(Luther H. Hodges):商務長官。
- ウィラード・ワーツ(W. Willard Wirtz):労働長官。1962年9月にアーサー・ゴールドバーグの後任として就任しており、危機発生時も在任中でした。
- エイブラハム・リビコフ(Abraham Ribicoff):保健教育福祉長官。
補足:労働長官に関するよくある誤解
一部の資料では、セオドア・キール(Theodore Kheel)が労働長官だったと記載されることがありますが、これは誤りです。キールは米国を代表する労働仲裁人として知られていましたが、閣僚には就いていません。危機当時の労働長官はウィラード・ワーツであり、彼は1962年9月20日に正式に就任していました。
まとめ
キューバ・ミサイル危機は、これらの閣僚たちの助言と協力のもと、海上封鎖という選択肢によって核戦争を回避できた歴史的な出来事です。とりわけラスク国務長官、マクナマラ国防長官、そして司法長官のロバート・ケネディの3人は、危機対応において特に大きな役割を果たしたことで知られています。