ベンジャミン・バナーカー:独学の天文学者の足跡
ベンジャミン・バナーカー(Benjamin Banneker、1731年〜1806年)は、アフリカ系アメリカ人の天文学者であり暦(アルマナック)の製作者です。教育機会がほとんど与えられなかった時代に独学で科学を学び、天文学や気象学の分野に重要な貢献を果たしました。
バナーカーに関する3つの重要な事実
1. メリーランド州の自由黒人の家庭に生まれた
バナーカーは、メリーランド州で自由身分のアフリカ系アメリカ人の家庭に生まれました。父ロバートは農夫、母モリーは料理と裁縫に長けた女性でした。奴隷制度が広く蔓延していた時代にありながら、彼は自由な身分として成長することができました。
2. 数学と天文学を完全に独学で習得した
アフリカ系アメリカ人への教育が著しく制限されていた当時、バナーカーは自らの強い意志と努力だけで数学と天文学を学びました。星々や惑星を注意深く観測し、数学的な方程式を用いてその位置を正確に算出しました。また、借り受けた懐中時計を分解して構造を研究し、木製の時計を自作したという逸話でも知られています。
3. 1791年に最初の暦を出版した
1791年、バナーカーは最初の暦を出版しました。この暦には天候の予測、天文データ、農家にとって役立つ実用的な情報が盛り込まれていました。彼の暦は幅広い層から絶大な人気を得て、その後も長年にわたり出版が続けられました。さらに同年には、首都ワシントンD.C.の境界測量にも携わったと伝えられています。
科学者であると同時に、奴隷制廃止の闘士でもあった
バナーカーは、天文学と気象学に多大な貢献をした優れた科学者である一方、熱心な奴隷制廃止論者でもありました。1791年には当時の国務長官トーマス・ジェファーソン宛てに書簡を送り、奴隷制の非人道性を訴えるとともに、人種に対する偏見に真っ向から異議を唱えました。この手紙は、廃止運動史における重要な文書の一つとされています。
科学への卓越した貢献と社会正義への揺るぎない信念によって、バナーカーは今日でもアフリカ系アメリカ人の偉業を象徴する存在として、人々に記憶され続けています。