歴史クイズ

ホロコースト後、何人のユダヤ人が強制収容所から解放されたのか

ホロコーストと生き残ったユダヤ人たち

ホロコースト(ショアー)では、600万人を超えるユダヤ人がナチス・ドイツによって殺害されました。命を奪われずに済んだ人々も、強制収容所やゲットーに送られ、飢えや病気、過酷な強制労働の中で生き延びていました。彼らが再び自由を取り戻すのは、第二次世界大戦の終結が目前に迫った1944年から1945年にかけてのことでした。

ソ連軍による東部からの解放

解放の動きは東側から始まりました。1944年、ソ連軍がポーランド東部へ進軍すると、マイダネク絶滅収容所の囚人たちが解放されました。続いて1945年1月には、ソ連軍がポーランド西部に到達し、アウシュヴィッツ=ビルケナウをはじめとする複数の絶滅収容所および小規模な収容所の囚人を自由にしました。

特にアウシュヴィッツ=ビルケナウが解放された1月27日は、後に「国際ホロキャスト記念日」として定められています。ただし、この時点ですでに大多数の犠牲者が命を落としており、収容所内に残されていたのはごくわずかな生存者だけでした。

米英軍による西部での解放

1945年春に入ると、解放の波は西側にも及びました。アメリカ軍とイギリス軍がドイツ国内へ進軍する中、ベルゲン=ベルゼン、ブーヘンヴァルト、ダッハウといった強制収容所が次々と解放され、そこにいた生存者たちはようやく救出されたのです。

解放部隊が目にしたのは、極度の栄養失調や病気に苦しむ人々の姿でした。多くの生存者は即座に医療支援や食料供給を必要としており、連合軍は収容所の実態を世界に伝える記録撮影も行いました。これらの記録は、ホロコーストの悲惨さを後世に伝える重要な証拠となっています。