ビクトリア朝時代(1837年〜1901年)のイギリスでは、学校で提供される子どもたちの昼食は、当時の経済状況や社会情勢を色濃く反映した、質素で簡素なものでした。ここでは、ビクトリア朝の学校給食が実際にどのようなものだったのかを詳しく見ていきましょう。
1. パンとチーズ
ビクトリア朝の学校給食の定番といえば、何といってもパンとチーズでした。子どもたちは自分でパンを持参するか、学校からパンの一切れを受け取っていました。チェダーやスティルトンなどのチーズが添えられることが多く、タンパク質やカルシウムといった栄養素を補給できる貴重な食事となっていました。
2. 野菜
当時は新鮮な野菜が今日ほど広く流通していなかったため、野菜を使ったメニューは限られていました。それでも、ジャガイモ、タマネギ、キャベツなどは比較的入手しやすい野菜として、茹でたり焼いたりマッシュしたりする形で提供されていました。
3. プディング
プディングはビクトリア朝のイギリスで人気の高い万能料理であり、学校給食にも欠かせない存在でした。ブレッドプディング(パンプディング)、ライスプディング、ジャムプディングなどが代表的なメニューです。プディングは成長期の子どもたちにとって、炭水化物とエネルギーの重要な供給源でした。
4. 果物
新鮮な果物は季節限定のもので、庶民には贅沢品でした。そのため、学校給食に取り入れられていたのは、むしろレーズンやカシスといったドライフルーツの方が一般的でした。特別な日には、フルーツタルトやパイが振る舞われることもあったようです。
5. 水
学校で提供される飲み物としては、水が最も一般的でした。ビクトリア朝の都市部では清潔な飲み水が必ずしも容易に手に入るとは限らず、そのため学校側では生徒のために飲料水の確保に特に力を入れていました。
すべての子どもに給食が行き渡っていたわけではない
見逃せない重要な点として、ビクトリア朝時代の学校給食はすべての児童に提供されていたわけではありません。多くの子どもたちは貧困家庭の出身で、教育を受けること自体が難しく、ましてや学校で栄養のある食事を口にできることは稀でした。
学校での食事提供を目指す動きはビクトリア朝末期に向けて徐々に本格化し、1906年に成立した教育法により地方自治体による学校給食の提供が認められ、20世紀初頭についに学校給食制度が正式に確立されることとなりました。