アン・ブラッドストリートのニューイングランド渡航
アン・ブラッドストリート(Anne Bradstreet、1612年頃~1672年)は、夫サイモン・ブラッドストリート(Simon Bradstreet)とともに、1630年にニューイングランドへ渡りました。この渡航は、イギリスから北米への大規模な移住運動である「ピューリタン大移動(Great Migration)」の一環として行われたものです。
渡航の経緯
アンはイングランドのノーサンプトンシャーで生まれ、16歳でサイモン・ブラッドストリートと結婚しました。彼女の父トマス・ダドリーと夫サイモンは、いずれもマサチューセッツ湾植民地の設立に関わる重要人物でした。
1630年、アンは父や夫とともに、ジョン・ウィンスロップ率いる艦隊の旗艦「アーベラ号(Arbella)」に乗船し、マサチューセッツ湾植民地へ向かいました。この航海には約700人の移住者が参加したとされています。
ピューリタン大移動とは
ピューリタン大移動とは、主に1620年代から1640年代にかけて、国教会の改革を求めるピューリタンたちが宗教的迫害を逃れ、ニューイングランド地方へ移住した歴史的現象です。この時期に数万人規模の人々が海を渡り、アメリカ植民地社会の基盤が築かれました。
アメリカ最初の女性詩人としての活躍
厳しい開拓生活の中で、アンは家庭を守りながら詩作を続けました。1650年にロンドンで出版された『最近アメリカで現れた第十のミューズ(The Tenth Muse Lately Sprung Up in America)』により、彼女は北米植民地で最初に出版された女性詩人となり、アメリカ文学史における重要な存在として記憶されています。