歴史物語

テンプロ・マヨールの建設には何年かかった?7つの段階を経た大神殿の歴史

テンプロ・マヨールとはどんな神殿?

テンプロ・マヨール(Templo Mayor)は、アステカ帝国の首都テノチティトラン——現在のメキシコシティ——の中心部に建てられた巨大な神殿です。二つの階段を持つ双ピラミッド型の構造をしており、頂上には戦と太陽の神ウィツィロポチトリ、そして雨と豊穣の神トラロックを祀る二つの祠堂が並んでいました。

建設には何年かかったのか?

結論から言えば、テンプロ・マヨールの建設にかかった正確な年数を特定することはできません。なぜなら、この神殿は一度きりの工事で完成した建造物ではなく、長い歴史の中で幾度も増築と改修が繰り返されてきたからです。

テンプロ・マヨールの建設と改修は、およそ339年にわたって続いたとされます。その間、神殿は主に7つの大きな段階を経て拡張され、1325年頃のテノチティトラン建国から、スペイン軍によって都市が陥落させられた1521年まで、帝国の歴史とともにその姿を変え続けました。

7つの建設段階

歴代のアステカ王(トラトアニ)は、即位や戦勝、国家の繁栄を記念するたびに神殿の拡張を行いました。既存の神殿の上に、より大きな神殿を覆いかぶせるように建てていく独特の工法によって、テンプロ・マヨールは時代ごとに規模を増していきました。考古学的調査の結果、こうした大規模な増築は少なくとも7回行われたことが確認されています。

1521年、神殿は破壊へ

1521年、エルナン・コルテス率いるスペイン軍による包囲攻撃の末、テノチティトランは陥落し、テンプロ・マヨールも破マヨールも破壊されました。その跡地には大聖堂など植民地時代の建物が建てられ、神殿は長い間、地下に眠ることとなります。

現代によみがえった遺跡

1978年、地下工事の際に月の女神コヨルシャウキを描いた円盤状の石彫が発見されたことをきっかけに、本格的な発掘調査が始まりました。現在ではテンプロ・マヨールの遺跡が一般公開されており、併設の博物館とあわせて、アステカ文明の栄華を今に伝える貴重な場所となっています。

まとめると、テンプロ・マヨールは特定の年数で「完成」した建物ではなく、約339年という長い歳月と7つの段階を経て成長し続けた、まさにアステカ帝国の歴史そのものと言える存在でした。