1936年8月7日、ベルリン・オリンピアシュタディオン。アドルフ・ヒトラーが見守る中、5000メートル決勝のスタートラインに立った選手たちの顔ぶれは、後年になってようやくその異常さが語られることになる。フィンランド軍兵士、ポーランド強制収容所囚人、太平洋で47日間漂流したアメリカ爆撃手、日本兵、そしてFBI捜査官——。スポーツ史に残る「奇跡の決勝」の参加者たちは、第二次世界大戦という巨大な渦の中で、それぞれ想像を絶する運命を辿った。
民兵と英雄:グンナー・ヘッケルト
金メダリストのグンナー・ヘッケルト(1910年生まれ)は、ヘルシンキの裕福な家庭で育った。母は銀行員、父は領事だった。しかし、1920〜30年代のフィンランドは中長距離走の「王国」であり、才能あふれるランナーたちの中で頭角を現すのは至難の業だった。ヘッケルトはヘルシンキ・スウェーデン商科大学で学業を続けながら走り、1936年突然覚醒する。記録を連発し、ベルリン五輪代表に選出。8月4日の予選を15分10秒2で突破し、迎えた決勝では同胞のラウリ・レティネン(前回ロサンゼルス五輪覇者)とのマッチレースを制し、オリンピック新記録(14分22秒2)で優勝した。
優勝後、2000m、3000m、2マイルで世界記録を樹立したが、リウマチという持病が彼を蝕み、わずか数ヶ月でトラックから姿を消した。1939年11月、ソ連がフィンランドに侵攻(冬戦争)。元五輪チャンピオンは志願兵として前線へ赴き、カレリア地峡で戦った。1940年2月11日、30歳の誕生日を翌日に控え、ソ連軍の銃弾に倒れた。フィンランドでは国民的英雄として称えられ、ライバルだったレティネンは自らの1932年五輪金メダルを、ヘッケルトと共に戦った兵士に託して弔った。
ペコフの奇跡:ヨゼフ・ノイ
5位入賞のヨゼフ・ノイ(1909年生まれ)は、ポーランド西部の小さな村ペコフ出身。8歳で父を結核で亡くし、貧しい家計を支えるため農作業と大工見習いに励みながら、人目を憚らず走り込んだ。「変わり者」と揶揄されながらも、母だけは彼の味方だった。1933年、地元紙主催の大会でポーランド王者マクシミリアン・ハートリクに次ぐ2位に入り、一躍注目の的となる。国内タイトルを総なめにし、「クソチンスキの後継者」と呼ばれベルリンへ。決勝では5位と健闘した。
戦争が彼のキャリアを断ち切った。9月戦役後、路面電車工場で働きながらレジスタンス活動を行い、1940年9月逮捕。ドイツ人の「フォルクスリスト(ドイツ民族名簿)」への署名を二度拒否し、パヴィアック刑務所を経て1941年7月アウシュビッツへ送られた。収容所では大工として働き、囚人仲間や看守からも一目置かれる存在だった。強靭な肉体でチフスや拷問に耐えたが、1943年2月15日、処刑の直前に「ポーランドは死んでいない!」と叫び、銃殺された。彼がレース後のインタビューで「ひどいステーキのせいだ」と冗談めかして敗因を語った言葉は、後にポーランド選手の「言い訳の代名詞」として語り継がれている。
太平洋を漂流した男:ルイ・ザンペリーニ
この決勝で最も有名なのは、8位に終わったアメリカ人のルイ・ザンペリーニ(1917年生まれ)だ。イタリア系移民の子として差別を受け、不良少年だった彼を更生させたのは兄ピートと陸上競技だった。高校生でマイル世界記録を出し、ベルリン五輪代表に。決勝では最後の1周で驚異的なスパートを見せ、約46メートルの差を詰める「伝説のフィニッシュ」を披露。ヒトラーから「君があの速いフィニッシュの青年か」と握手を求められたが、後にザンペリーニは「当時ヒトラーを危険な道化師だと思っていた」と回想している。
1943年5月、B-24爆撃機「グリーン・ホーネット」で出撃中、機体不良で太平洋に墜落。11人中8人が死亡し、残った3名(のち2名)は救命筏で47日間漂流の末、日本軍に捕虜となった。終戦まで非人道的な扱いを受けながら生き延び、その壮絶な半生は2014年、アンジェリーナ・ジョリー監督映画『アンブロークン』として映画化された。
FBI捜査官と日本兵:ドナルド・ラッシュと村社孝平
レース序盤でペースメーカーを務め、13位に終わったドナルド・ラッシュは、戦時中FBI捜査官として活躍。真珠湾攻撃の2日前、アトランタでドイツ人スパイのアパートに踏み込み、ノートを押収。そのメモからスパイ網が壊滅し、米国内のナチス工作員摘発に繋がった。
一方、4位入賞の村社孝平(ムラコソ・コウヘイ)は日本陸軍大尉となり、ザンペリーニらアメリカ兵と敵対した。同じトラックを駆け抜けた若者たちが、数年後には銃を向け合う立場になったのだ。
ヘッケルト、ノイ、ザンペリーニが生死を賭けた闘いを強いられている間、彼らと共に走った他の選手の中には、戦火を免れ記録を更新し続けた者もいた。ただ、彼らには「走る機会」だけが与えられていた——。ベルリンのあの夜、スタートラインに立った6人のランナーの物語は、スポーツが歴史と如何に深く絡み合うかを静かに語りかけてくる。