アフリカの歴史

イタリア・エチオピア戦争の原因とは?開戦に至った5つの背景を解説

1935年から1936年にかけて戦われたイタリア・エチオピア戦争(第二次エチオピア戦争)は、ムッソリーニ率いるファシスト政権下のイタリア王国が、独立国であるエチオピア帝国へ侵攻した戦争です。開戦には複数の要因が絡み合っており、以下に主要な原因を順に解説します。

1. イタリアの植民地拡大の野心

イタリアはエリトリアに植民地を建設した後、アフリカにおいてさらなる植民地帝国の拡大を強く望んでいました。いまだ独立を保っていたエチオピアは、広大な領土と豊かな資源を抱える格好の目標であり、イタリアの膨張政策の中心に据えられました。

2. エチオピアによるイタリア側要求の拒否

イタリアはエチオピアに対し、経済的・政治的な特権をイタリアに保障する友好条約の締結を要求しました。しかし、エチオピア側は国家の主権を脅かしかねないこれらの要求を拒否。両国の対立は深刻化していきました。

3. ソマリランドにおける利益侵害への主張

イタリアは「エチオピアがイタリア領ソマリランドにおいて自国の利益を攻撃している」と主張し、これを対エチオピア強硬策の口実として利用しました。一方、エチオピア側はこうした主張を全面的に否定しており、真偽をめぐる摩擦が両国関係をさらに悪化させました。

4. 第一次世界大戦後の威信回復への思惑

イタリア政府は、第一次世界大戦で失ったとされる国家的威信を取り戻そうとしていました。エチオピアとの戦争に勝利すれば、政権に必要不可欠な人気の向上という大きな効果が期待できたのです。国内政治の事情も、開戦を後押しする重要な動機となりました。

5. アビシニア危機(1934年)

1934年、イタリア王国とエチオピア帝国の間で外交危機である「アビシニア危機」が発生しました。発端は、首都アディスアベバでイタリア人スパイが暗殺された事件とされています。この事件をきっかけに両国間の緊張は一気に高まり、国境での衝突なども相まって、戦争への道が開かれていきました。

まとめ

イタリア・エチオピア戦争は、植民地拡大の野心、エチオピアによる要求拒否、威信回復への思惑、そして偶発的な事件が重なって引き起こされました。1935年10月にイタリア軍が侵攻を開始すると、国際連盟はイタリアへの経済制裁を決議しましたが実効性は乏しく、翌1936年にエチオピアは占領されました。この戦争は国際連盟の無力さを露呈させ、第二次世界大戦へと至る国際情勢の悪化を加速させる一因となりました。