「ブラックパワー」を広めたのはストークリー・カーマイケル
「ブラックパワー(Black Power)」という言葉を広く世間に浸透させたのは、アメリカ公民権運動における重要な指導者の一人であるストークリー・カーマイケル(Stokely Carmichael)です。当時、学生非暴力調整委員会(SNCC)の議長を務めていた彼は、公民権運動の中でもより急進的な路線を代表する存在でした。
1966年6月の歴史的な演説
カーマイケルがこの言葉を公の場で強く訴え、一躍有名にしたのは、1966年6月にミシシッピ州グリーンウッドで行った演説でした。彼はそこで次のように宣言しました。
「我々はブラックパワーを求める。我々は人種統合を望まないし、分離も望まない。」
この演説は、それまで主流だった非暴力と人種統合を掲げる運動方針からの転換点として捉えられ、全米に大きな反響を呼びました。
スローガンとしての拡大
「ブラックパワー」という言葉は、黒人の誇りと自己決定権を象徴するスローガンとして急速に広まりました。黒人コミュニティ内の活動家や各種団体・組種団体・組織によって幅広く採用され、その後の公民権運動や黒人解放運動における思想的支柱の一つとなっていきました。