「野蛮人(バルバロイ)」とは誰のことか
「野蛮人」という言葉は、古代ギリシャ人やローマ人が、自らの文明圏に属さない異民族を指すために用いた呼称です。しかし、こうして一括りに呼ばれた人々は、それぞれ独自の言語、文化、起源を持つ多様な集団でした。彼らは古代末期から中世初期にかけて、ヨーロッパ、アジア、アフリカの広範な地域に移動・定住し、歴史の流れを大きく変える存在となりました。
以下では、「野蛮人」と総称される主な民族がどの地域に定住したのかを、地域ごとに整理して見ていきます。
1. 西ヨーロッパへの定住
西ゴート族
南ガリア(現在のフランス南部)からイベリア半島へ進出し、スペインに王国を築きました。トゥールーズを拠点とした時代もあり、後の西ゴート王国の基盤となりました。
東ゴート族
イタリアに定住し、ラヴェンナを首都とする東ゴート王国を建国しました。テオドリック大王の治世に最盛期を迎えます。
ヴァンダル族
当初はスペインに侵入しましたが、その後北アフリカへ渡り、カルタゴを拠点とする強力な王国を築き上げました。
フランク族
ガリア(現在のフランス)に定住し、メロヴィング朝を樹立しました。後の中世ヨーロッパの政治的基盤を築いた最重要勢力の一つです。
アングロ・サクソン族
大陸ヨーロッパからブリテン島へ渡り、ウェセックスやノーサンブリアといった王国群を形成しました。これが後のイングランドの原型となります。
ランゴバルド族
6世紀末に北イタリアへ侵入し、ランゴバルド王国を建設しました。その支配はイタリア中世史に長く影響を残しています。
2. 東ヨーロッパへの定住
フン族
中央アジア起源の遊牧民で、中央アジアから東ヨーロッパに至る広大な版図を持つ帝国を築きました。アッティラの時代にはローマ帝国をも脅かす存在となりました。
アヴァル族
遊牧民の一集団で、現在のハンガリー周辺に定住し、東ヨーロッパの大部分を支配下に置きました。
ブルガール族
現在のブルガリアおよび南東ヨーロッパの一部に、第一ブルガリア帝国を建設しました。
スラヴ族
東ヨーロッパ各地に広く定住し、やがてこの地域における主要な民族集団となりました。
3. 北アフリカへの定住
ヴァンダル族
スペインから海を越えて北アフリカに進出し、約一世紀にわたってこの地域を支配する王国を築きました。一時は地中海の制海権をも握ったとされます。
4. 中東の勢力
サーサーン朝ペルシア
ペルシア系の王朝で、中東を支配し、ビザンツ帝国(東ローマ帝国)と長年にわたる抗争を繰り広げました。ローマ側から見れば「対抗勢力」であり、両者の対立は古代末期の国際情勢を左右する大きな軸となりました。
定住がもたらしたもの
これらの民族の移動と定住は、単なる征服ではなく、現地住民との交流や融合を伴う複雑なプロセスでした。その結果、新しい政治体制や文化的実体が次々と生まれ、古代末期から中世初期にかけてのヨーロッパおよび地中海世界の発展に決定的な影響を与えました。「野蛮人」の定住こそが、中世ヨーロッパ世界形成の出発点だったと言えるでしょう。