アステカにおける教育の特徴
アステカ帝国では、教育は司祭たちによって完全に管理されていました。宗教と生活が密接に結びついたアステカ社会において、司祭は知識の保持者として、若者の育成に中心的な役割を果たしていました。特筆すべきは、身分に関係なく子どもたちが学校へ送られた点であり、当時の世界でも非常に先進的な制度だったといえます。
二つの主要な学校
カルメカック(Calmecac)
「カルメカック」は、男女の子どもたちに宗教的・公的な職務を担う人材としての教育を行う特別な学校でした。ここでは暦の読み方、神話、祭祀の作法といった高度な知識が教えられ、将来の司祭や指導者を養成する場となっていました。
テルポチカリ(Telpochcalli)
一方、「テルポチカリ」は「青年の家」と呼ばれる学校で、主に一般庶民の子どもたちが通っていました。ここでは歴史、アステカの伝統、手工芸、宗教上の規範などを学び、戦士としての訓練も重要な教育内容でした。
アステカの文字と書物
アステカ人は、重要な出来事をリュウゼツラン(シサル)の葉から作った紙による書物に記録していました。これらの書物は羊皮紙のように巻かれるか、地図のように折り畳まれて保存され、このような記録文書は「コデックス」と呼ばれています。
アステカにはアルファベットのような表音文字は存在せず、絵画イメージと象徴的な記号を組み合わせた、いわゆる絵文字・表意文字による独自の記録体系が用いられていました。残念ながらスペインによる征服の際に多くのコデックスが破壊されたため、現存するものはわずかしかありません。
まとめ
アステカの教育は、司祭による厳格な管理のもと、目的や身分に応じてカルメカックとテルポチカリという二つの学校が機能する仕組みでした。あわせて、文字を持たずとも独自の絵文字文化で歴史を記録していたことからも、アステカ文明の高度な知識体系と組織性がうかがえます。