結論から言うと、リチャード・ヨーク公(Richard, Duke of York)とリチャード3世(Richard III)は別人です。両者は父子関係にあり、ヨーク公が父、リチャード3世がその息子にあたります。
リチャード・ヨーク公とはどんな人物か
リチャード・ヨーク公は、15世紀イングランドの王位継承争いである「薔薇戦争」においてヨーク派を率いた貴族です。当時の国王ヘンリー6世(ランカスター朝)の統治能力への不満が高まる中、ヨーク公は自分こそが正当な王位継承者であると主張し、長年にわたる政争の中心人物となりました。
ウェイクフィールドの戦いでの最期
しかし、ヨーク公自身が王冠を手にすることはありませんでした。1460年12月、彼はウェイクフィールドの戦いでランカスター軍に敗れ、戦死します。王位請求者のままこの世を去ったヨーク公の野望は、息子たちによって受け継がれることになりました。
息子エドワード4世の即位
父の死後、長男のエドワード4世がヨーク派の旗頭として台頭し、1461年に正式にイングランド王へ即位しました。ここにヨーク朝が成立し、一時的にせよヨーク家の悲願は達成されたのです。
エドワード5世の廃位とリチャード3世の誕生
1483年、エドワード4世が死去すると、まだ幼い息子エドワード5世が王位を継承しました。ところが、新王の叔父にあたるグロスター公リチャードは即座にエドワード5世を廃位し、自ら王位に就きます。これがリチャード3世の即位です。廃位されたエドワード5世とその弟は「塔の王子」と呼ばれ、ロンドン塔に送られた後に行方不明となり、歴史上最大の謎の一つとして語り継がれています。
まとめ:二人のリチャードの関係
以上のように、リチャード・ヨーク公はリチャード3世の父親であり、同一人物ではありません。ヨーク公は王位に就けないまま戦場で命を落としましたが、その血筋は息子エドワード4世、そして孫世代を経て、末っ子のリチャード3世の戴冠へとつながっていったのです。